共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 自立特急から顔の見える地域へ途中下車―重度重複障害Sさんと両親

<<   作成日時 : 2014/02/25 23:58   >>

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聴覚・視覚・下肢障害で就学免除のまま家の奥で大人になった橋本克己画伯の怨念エネルギーを平和利用して企画・製作する妄想一日旅行「絵日記の旅」。本日は、旅の仲間・Sさん宅へ彼女の誕生祝に。テーブルにずらり並んだ料理は、昨日からS母がつくってくれた。
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一年に一度の絵日記一行の訪れる日、シャイなS父は万年床(母の弁)から脱け出て、タイ古式マッサージなどへ行くのが常。本日は入院している姉の見舞いに千葉へ出かけたが、大回りして銀座で旨いものを食べると言っていたそうだ。「糖尿病なのに。普段がまんしてるからね。」とS母。かってS父は商社で働き、後半はタイに単身赴任していた。帰国後やがて定年退職した後、万年床になり昼間もそこでTVとPC三昧に。「会社でいじめられて、すごく辛かったらしいから。」とS母。
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そんなS母は、娘が絵日記の旅に出かけている間、他の障害者や主婦らと手づくり品を作ったり、農園で作業したりしている。

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今日は主婦仲間のHさんに手伝いに来てもらっていた。Hさんは生活ホーム・オエヴィスのOくんの夕食づくりを毎週1日していたが、最近辞めた。月1回は、他の入居者二人と一緒に夕食をとるため、Hさんが三人分調理する。それはいいのだが、時々他の二人がけんかになるのがいたたまれなかったのだという。

そばからS母が、「HさんがYさんの介助に入ると、Yさんが強気になって、Hさんが調理するのを『おしまい!』と言って止めちゃったりするんですよ。」とばらす。Hさんは、重度重複障害のYさんが、両親が亡くなった後、団地で一人暮らしを始めたときから、ずっと介助に入っている。そのHさんの性格がYさんに、しっかり見破られているらしい。「でも、そういう人もいるからいいんだよな」と言うと、S母が「みんなが厳しくっちゃね」と相槌。
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今日、Sさんは36歳になった。これまでの人生の半分をわらじの会で過ごしたことになる。かって養護学校高等部から現場実習に来た時、Sさんは転倒時に頭を保護するためのヘッドギアを付けていた。かっこ悪いからと外させたのは私だし、小さな段差も降りられなかったSさんを、駅の階段を昇り降りできるまでにひっぱりまわしたのは、やはり旅の仲間であるNさんだ。時折り足が疲れてへたりこむSさんだが、カメラを構えるとにっこりと満面の笑みである。

その笑みで思い出したことがある。Sさんはとつぜん笑い出して止まらなくなったり、笑い泣きしたり、ほほえんだりしていることが多い。母にそれを彼女の発作なのだと聞き、わかったつもりになった介助者が、他の人に「あれは笑っているんじゃないの。発作なんだよ」と解説していたら、母が「笑うこともありますよ!」と、強い口調で訂正した。
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Sさんが「てんかん性の笑い」と呼ばれる発作をもっていることはたしかだ。だが、長年、Sさんと共に生きて来た母は、通りがかりの観察では区別できない、Sさんの喜びや楽しさやうれしさや、時には悲しみや怒りをも、Sさんの笑いの中に見出している。そもそも「てんかん性」ではなくとも、人の多くの笑いの底には「発作」的な部分があるし、それを「笑い」として成り立たせるのは自他の共感関係にほかならない。

「てんかん性」であるか否かにかかわりなく、たとえば公園でSさんが笑みを浮かべつつ、ベンチで独り池を眺めている高齢者にゆらゆらと近づいてゆくと、相手が気が付いて笑みを浮かべて話しかける。Sさんはそばに立ち、少し状態をかがめながら相手をみつめてほほ笑む。相手がまた話しかける。レストランでも、駅でも、そんな風にSさんは、座っている人たちに笑いかけるのが好きである。その笑いに戸惑う人もいるが、笑い返したり、話しかけたりする人もいる。Sさんの笑いは、社会を浮き出させる。そこに「笑い」の本質が表出している。Sさんが街のあちこちに出かけてゆくから、その笑いが「笑い」として共有される。

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Sさんの縁で、母ばかりか、「万年床」の父も他の障害者の介助に関わったことがある。生活ホーム・もんてん入居者だった故Tさんの入浴介助だ。二人組でやるので、先輩の介助者の荒い言葉に憤り、一時やめたが、考え直して続けた。年配者だったTさんを囲んで、年配の介助者たちが飲み会をしたりした。Tさんが不意に亡くなり、介助も終わった。
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よく「親亡き後…ではなく、親が元気なうちに、わが子の自立を」と言われる。そこで語られる「自立」とは、Sさんのような重度重複障害者の場合、入所施設、あるいはケアホームといったハコモノを意味することが多い。その文脈から言えば、S父母はもう「元気なうちに」の時期を通り越している。

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だが、障害という枠をこえて世間でいう「自立」とは何か?父母自身がかってそうだったように、会社で追い詰められながら孤独に頑張り、他人の手を煩わさず障害のある子を頑張って育てる……要するに「孤立」しても頑張りぬくことにほかならない。一人一人がそうやって、狭き門を必死に潜り抜けてゆく中にしか、天国への道はないという考えもできる。いずれにせよ、道はほかになかったのだし。でも、疲れて、その道に座り込んでみると、いろんな旅人が周りにいることに、やっと気が付く。旅は道連れ、世は情けであることも。Sさんも、あちこちに座り込む人々のそばに行って、じっとみつめてはほほ笑んでいるではないか。
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その自立を通した天国行きの列車を途中下車して、互いの顔の見える地域(現世、シャバ、いまここ)で、父母もSさんとともに人生折々の季節の陽を浴び、風に吹かれている。「自立」よりもっと大切なことがある。そんなことを痛感した、春めいた気配の日。写真は、今日も梅林でひなたぼっこする高齢者たちの間に入りこんで、あれこれ話しかけられほほ笑んでいるSさん。

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