共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS い続けることで編み直される関係 分けられた場で消される人生ドラマ −共に学ぶミニTOKOおしゃべり会

<<   作成日時 : 2013/07/12 17:22   >>

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広汎性発達障害と診断されている娘さんが中学3年生になったUさん。小学校の頃はコミュニケーションと授業の理解と、どちらも遅れているからと、特別支援学級を勧められた。
 小学校高学年から中学に入った頃は、周りの子どもたちとのズレからいじめにつながり、親から担任に相談し、対処してもらったこともあった。そこに至るまでの間、Uさんから見ると、ひどいからかい、無視、いじめと思える状況でも、本人のほうはそうめげずに学校に行っていて、Uさんのほうが娘より悩んだり、迷ったりしていた時期もあったようだ。

 中学になって、ズレながらも自分なりのコミュニケーションのかたちを編み出し始める。さらに、たまたま同じクラスになったリーダー的存在の生徒が、彼女のような集団から外されやすい友だちを、いわば自分のからだを張るようにして、みんなの中に受け止めてくれた。そんな友達の側の支えもあってコミュニケ―ションがひろがることに応じて、勉強のほうもそこそこできるようになった。これから県立高校を見学して回る予定という。

 もしあの時、「わからない授業は苦痛だから少人数で発達段階に応じた教育の場へ」という誘いに応じていたら、こんな日は来なかったでしょうと涙ぐむ。
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中学の特別支援学級に通う息子さんがいるSさんは、最近どこに障害があるかわからない生徒がどんどん特別支援学級に入ってくると語る。その中には家庭生活に大きな困難を抱えているケースが多い。ある生徒はお母さんと二人暮らしだが、そのお母さんが外国人で夜働いており、学校から帰ると一人ぼっちで過ごしてきた。愛情に飢えている感じで、Sさんと顔を合わせると甘えてくる。

 やはりSさんから見て「障害」とは見えないお子さんを特別支援学級に入れたお母さんは、就職へ向けた近道と考え、一般の県立高校より難しいといわれる高等特別支援学校を受けさせるつもりだった。最近になって療育手帳取得が条件と知り、手帳を申請したがだめだったので落胆している。にもかかわらず、通常学級へ戻って一般の高校をめざす道は拒否し、重い知的障害の生徒と同じ特別支援学校へ行かせることに決めているという。

 Uさんの体験をふりかえれば、親の役割、担任の対処、リーダー的な同級生の関わりなどが、娘さんの共に学びたいという思いを支えきたことがわかる。それらは、娘さんがい続けることに応じた関係の編みなおしだ。
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 特別支援学級に在籍する生徒たちにも、そこに至るさまざまなドラマがあったことだろう。Sさんの場合は、小学校1年生の時、長期にわたり付き添いを強いられたり、支援員が付いた後はその支援員からくりかえし特別な場へ移すよう説得されるなど、一緒にいることを阻むさまざまな圧力があった。その悔しさを抱き続け、いま特別支援学級の中にあっても、地域へ、そして教育委員会へ、実情を発信している。

 が、他の多くの親たちは、過去の、また現在進行形の、ドラマを周りに伝えようとしない。それは刀折れ矢尽きて落ちのびてきた屈辱を思い出したくもないからかもしれない。誰もわかってくれない、けっきょく自分たちだけと、周りに見切りをつけたのかもしれない。無理もない。

 が、その沈黙が、教育委員会などからすれば、「みなさん特別支援教育への理解が深まり、希望者が激増している」という評価につながる。

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「特殊教育」と呼ばれていた頃は、特別な場に追いやれるのは、「障害のある子」というタテマエだった。「特別支援教育」と看板が変わってから、「特別な教育的支援を必要とする子」と変わり、歯止めがはずれた。
 今日のTOKOおしゃべり会では、「学校、地域…それぞれの場で起きた問題は、その場で取り組んでいかないとね」、「問題を特定の子どもに背負わせて、その子を別の場にやることじゃ、悪くなるいっぽうだよね」、「分ける場が別になければ、その場で解決するしかないもんね」などと語り合った。

 そんな語り合いの輪の中に、くらしセンター・べしみに教職のための介護等体験に来ている大学3年生Aさんがいた。「小学校1年生のとき、すてきな先生に出会って、それ以来ずっと小学校の先生になるんだと決めてきました。」と語る。「上の学年になって、ヒステリックな先生にも出会ったんですけど、私はこういう先生にはならないと思っていました。」

 そして5日間の介護等体験をして今日が最終日。「小さいころから先生以外考えたことはないんですけど、いろんな障害のある人たちに出会って、初めて『こんな仕事もいいな』と思いました。」と、はにかむ。それを聞いて大喜びのここオエヴィス住人・Kくん。彼もTOKOの常連だ。

 「共に学ぶ」は、単に障害のある子とない子の問題に限定されない。それは断面だ。そこから幹が伸び、枝が張り、地下茎が続いている。障害のない子内部の問題でもあるし、家族の問題、教員の問題でもある。そして、地域の人それぞれの生き方、地域のあり方に関わってくる。

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TOKOミニおしゃべり会。TOKOとは、どの子も地域の学校へ・公立高校へ東部地区懇談会の愛称。
 「共に学ぶ」を切り口に、各々の近況報告を兼ねて語り合う。生活ホーム・オエヴィスを会場に、毎月第2金曜日の午前中2時間ほどの語り合い。自由参加。

 あなたもTOKOミニおしゃべり会に参加しませんか。
   生活ホーム・オエヴィス: 〒343-0037 越谷市恩間新田232番地3  048-975-1524



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