共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 旅をすみかとする劇団どくんごと 一夜の交流 私たちもまた旅へ

<<   作成日時 : 2013/07/06 15:53   >>

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子どもの頃、サーカスが去った後の広場の空を見上げたことを思い出す。あの時サーカスがもう一日出発を遅らせ、街のみんなとのんびり食べたり、飲んだりできたとしたら…。きっとこんな風だったろうなと感じさせる、劇団どくんごとのくらしセンター・べしみでの交流会だった。
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五月うかさんが、「風呂代を出せない人はツアーに参加出来ないんです。」と言う。なんのことかわからなかった。ツアーは莫大なお金がかかる。結果として、1人あたりの月給は1万円しか出せない。テントに寝て、食事は共同でつくるが、風呂は外に入りに行かなくてはならず、それがばかにならないのだと。

「5年前までは、2、3年に一回、ツアーしてたんです。」と言う。ツアーが終わると、莫大な借金を返すために、みんな働いていたからだ。

でも「バブルの時はよかったですよ」と、どいのさんが口をはさむ。

時代が移り、仕事もなくなり、岐路に立った。そして、知り合いの紹介で本拠地を鹿児島に移して冬はそこで過ごし、春になると中古トラックで毎年ツアーに出かけるという生き方に転換した。

春から秋は旅ぐらし。風呂代が出せれば…というわけだ。
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2Bさんとうかさんに、ツアーを受け入れる各地の人々について聞いた。焼津では、初めての公演がわずか10人しか入らなかった。その10人に対し、「集中的に演った」。10人の中に食育グループの主婦5人がいた。翌年ぜひ来てほしいと動いた主婦たちは、学校の三者面談の後で時間をもらったり、あらゆる場面でチラシをまき、公演は超満員だった。

石巻には最も古くからつきあいのある団体がいる。2011年、津波で身近な人々が命を落とした。いつもテントを張っていた場所も津波に流された。今年はどうしようかと現地の団体に相談した。来てほしいという。高台の神社で投げ銭方式で公演した。盛況だった。3.11から半年近く経っていた。「みんなからがんばれ、がんばれと言われ続けてきたが、どくんごを観て、がんばらなくてもいいんだなと思えて、楽になった。」と言われた。
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2Bさんは、去年のわらじの会・みんな一緒にクリスマスに参加してくれた。ユニークバンドの演奏に、参加者がつぎつぎと勝手に加わり、グルーブしてる感じがすごいと言う。

「わらじ三大行事っていうのがありましてね。」と、夏合宿の説明などもしたら、どいのさんも「すごい!」と喜んでいた。
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それぞれ橋本画伯と握手して挨拶。みんな「克己絵日記は面白かったと語る。

完くんがいつも駅前で介助者募集のビラをまいており、わらじの会の介助者や職員のかなりの者がビラでつかまった人達だという話にも共感していた。
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30年前のどくんご立ち上げから参加している暗悪健太さんは、手話検定4級だという。聾唖者の荻野さんとおしゃべりしていた。さすがに、荻野さん独特の手話ダジャレには困惑していたが。

 どくんご初参加の石田みやさんは、所属する第7インターチェンジは主にシナリオを担当しているという。ツアーでは大声を出し続けるので、声が枯れてしまった。2日間休養すると声が出るようになる。それをくりかえし、13ケ所目になったいまは枯れなくなったと笑う。
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 第7インターチェンジの公演にどくんごのメンバーが観に来て、大いに評価してくれたのが縁。ツアーに誘われて参加するに至るいきさつは、ネットに動画でアップされている。

 その石田さんに、第7インターチェンジについて尋ねた。30代半ばの男性のほかは20代の女性ばかりだという。石田さんも23歳。「どくんごとは対照的に、座って会話が中心になるような舞台なんですけど」と石田さん。

 「がんばって3ケ月に1回くらいのペースで公演を続けてます。」と言う。「みんな働いてて、夜集まって練習するからたいへんなんですけど」

 「よく演劇が好きな人が集まってると思われるけど、ちがうんです。」どちらかというと、探究心というか、奥を極めたいという雰囲気なのだと。

 そう聞いて、その30代の男性が、この演劇集団をひっぱっているのかと思ったが、そうでもないらしい。「ただ石を投げるだけなんです。」それがかえっていいのかもしれない。面白い若者たちがあちこちに生まれている。

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 先日、職場参加をすすめる会の総会記念シンポで、ワーカーズコレクティブの佐藤さんが、「出資して、労働して、となったら本当に大変。時給でなくて残ったお金をみんなで分けているので、最賃どころの状況ではない。」
と語ったことがよみがえる。しかし、その厳しさがわかっていても仕事を起こして働いている主婦たちが増えている。これまでの働き方、暮らし方が問い直されている。

 第7インターチェンジは、よそで働いて劇団を維持している。どくんごは若い時に同様の形態を貫いてきたが、加齢に伴う労働市場での壁とぶつかり、呻吟したあげく、5年前から公演と労働生活が一体となったいにしえの芸能民、遊芸の民を彷彿とさせるくらしを編みだしている。

 堤未果さんの「兜n困大国アメリカ」(岩波新書)に描かれているような低賃金サービス労働が普遍的に強いられてくるような状況が、日本にも早晩おしよせてくると想定される。そんな社会の中で、劇団どくんごは淡々と生きてゆくのではないかと思った。
 

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 3日の公演をあちこち撮影し、勝手にこのブログに載せてしまった筆者を、みんな責めもせず、かえって歓迎してくれた。ネタばれをおそれないその姿勢は、駅前に、会報やチラシに、顔写真入りで暮らしを発信するわらじの会の面々と通底する何かを感じる。

 旅をすみかとする劇団どくんごが、3年目の被災地へ向かって発った。私たちもまた、日常を旅とし、日常の奥地へ旅立とう。

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