共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 別々の世界に閉じ込めた自分たちを解き放ち合おう―ネットワーク合宿速報(前半) 

<<   作成日時 : 2013/06/24 11:11   >>

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埼玉障害者市民ネットワーク合宿2013「つながりの根を探る」が、6月22日(土)、23日(日) 埼玉県民活動総合センターで開かれた(冒頭写真)。ふりかえれば、この年1回の合宿が始まったのは1987年8月のこと。「埼玉社会福祉研究会拡大事務局合宿」という名前だった。秋の予定されていた「国際障害者年サイタマ中間年のつどい」の基調報告をつくるために、実行委員会の事務局を担っていた埼玉社会福祉研究会(代表・八木下浩一)が企画した。会場は、越生町の「朝日のあたる家」。

27年間続いてきたオール埼玉の合宿

で、ここから、しばし、このブログでは当時を回想してみる。なお、ここからの画像は、この初めての合宿写真が見当たらなかったので、同じ「朝日のあたる家」で行われた89年の合宿の写真。雰囲気を知ってもらうために。
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これが「朝日のあたる家」、越生町の農家出身で教員だったご当主・吉沢さんが、早期退職後、草の根の運動をつなげたいという思いで、自力で建設され、低料金で各地の活動団体に貸し出している。
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その1987年の初めての合宿へ向けた基調報告――
「昨年の国際障害者年サイタマ5年目のつどいは、これまで県内各地でさまざまな団体・個人によりバラバラに行われてきた共育、共生、共働の取り組みを合流させ、恒常的ネットワークづくりへの一歩をかたちづくった。また、総合的な対県交渉を行っていく窓口をつくったという意味でも大きな契機となった。」
「5年目のつどいは、要するに県内、全国の運動の『共通性』を浮かび上がらせ、連帯の土台をつくったといえる。この土台の上にいま問われているのは、それらの運動ひとつひとつの歴史的その他の条件を踏まえた『連関性』を明らかにしていくことではないだろうか。」
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そして、当時の埼玉のさまざまな運動の特徴を次のようにまとめている。

「埼玉では、70年代初めから健全者中心の社会を告発してきた全国青い芝の運動が、すくなからぬ影響を与えながらも、実際には根付くことはなかった。『川口に『障害者』の生きる場をつくる会』自体、健全者と障害者の共闘組織だったし、以後のさまざまな会も『健全者と障害者が共に生きることをめざす』共同の組織としてつくられていったものがほとんどであった。
養護学校義務化に反対し、普通学級就学を進める活動があちこちで取り組まれ、親と教員を主体とした会ができ、その中へ在宅障害者を迎え入れ、『共育・共生』を追求し始めるというパターンもいくつかあった。」
「しかし、いま、養護学校義務化前後の就学運動を経過してきた障害児自身が、高校問題、就労問題、生活問題を抱える時期に入り、各地で新しい『生きる場』、『共に働く場』の取り組みがめざされている。ここ5年の間に、障害者運動の第2の波が埼玉を洗うことだろう。」

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そして討論では――
八木下(埼社研代表)
 通算すれば、埼玉でいちばん普通学級に入っているのは、おそらく川口。問題なのは、中学卒業後、施設か授産所に行っちゃう。これをどうしたらいいか。
 「生きる場」の運動が負け、「もう一度やろうじゃないか」ということで在宅訪問をやり、多いときは健常者が200人、障害者が80人くらいいた。5年間ぐらいやり、方針が出てこなくなり、これだけ増えてきてどうしようと健常者が慌て、あれやれこれやれと命令みたいになり、店までつくったが、一人やめ二人やめ、つぶれてしまった。なぜつぶれたかというと、やはり障害者が核にならなかったからだと思う。自分で何をつくっていくのかということをヌキにしてやったから、健j常者や親が悪いだけじゃなく、障害者も悪かったと思う。

猪瀬良一(ぺんぎん村)
 基調報告は、個々の運動を大事にするという内容になっている。養護学校の親の会などは、集団化・圧力団体化して作業所づくりなどを進めることで、個々の障害者や人々のつながりのパーソナルな面をおしつぶしている。そのへんのちがいを明確にしていく必要がある。個々を大事にしながらの「共に」だということ。

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 あの越生の合宿から27回目、四半世紀をこえているんだなあと感慨ひとしお。

つながりの根を探る

で、ここからは、27年目の今年の合宿の速報。参加者120名余だから、最初の合宿の3倍に増えているなあ。

27年前合宿が始まった当時と状況はどう変わったか、時代の変化を貫く合宿の意味とは――
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 「つながりの根を探る」という今年の合宿のテーマは、第1回の合宿の「連関性を明らかにしてゆく」というテーマと重なっている。

 その今年の合宿では――
 午前中、野球大会を行った後、
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午後からの第2部は、「団体発表・ガチンコ討論」。予め、各団体から1.グループ立ち上げ時のきっかけ・思い入れ・エピソードなど  2.今までの流れ・現在  3.これから目指すもの・課題なども  4.その他のエピソードなども というアンケートを送り、回答を得て、資料集に載せてあった。
 たとえば、OMIYAばりあフリー研究会の回答は、3.これから目指すものとして――
・コミカフェがほしい
・工房がほしい(クッキーやケーキがつくりたい)
・就職をしたい(将来的には…。)
・親が死ぬ前に一人立ち。
・親が生きてる間に就職。
と書かれていた。
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 しかし、参加者のほとんどは、立ち上げ時の事情はもちろん、これまでの流れについても知らない世代である。
 そこで、第2部では、全員が7~8人の小グループに分かれ、それぞれのグループ内で、アンケートの設問に関するひとりひとりの答えを出し合いつつ話し合った。活動の場の専従職員であっても、ここ数年の経過はわかっても、団体の歴史については「…らしい」というレベルで把握している状況であることがわかった。また、そのいっぽうでは、活動への日常的な関わりはしていないが、団体立ち上げの頃を知っている人もそれなりにいて、それらの団体が障害者と専従的な支援者だけではなく、地域に開かれた活動になっていることを推測させた。

なお、午前中のソフトボール大会からのルポルタージュは、こちらNPO法人ソーシャル・クリエイターズのブログを参照。
→ 
http://social-creators.com/news/log/2012-06-22/

くらしが言葉の呪縛を解く

第3部は、「ネットワーク大研究」と題し、・ネットワーク活動 ・市町村巡礼 ・総合県交渉 のテーマごとに分科会をもち、それぞれレポートを受けて話し合った。筆者は、総合県交渉の分科会に参加した。
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 提出されたレポート(文責・中山)には、「このところ総合県交渉の課題といわれるもの?」として、「・何年もゼロ回答 ・薄れて行く『総合』の意義 ・県の役割が不明確に ・総合県交渉への参加団体の減少?」が挙げられていた。
 そして「まとめ」として、「要望を出しても何の成果もないし、身近な市町村とやり取りする方が大事。それに毎日の事業を回すのに手いっぱい、他の団体、人達が何をどうしてどう考えているかもわからない、といった現状があるのでは?」と書かれていた。

 現状を端的に言い表している。ここから透けて見えるのは、活動・事業のシステムの中に利用者や職員等として織り込まれた個人の状況だ。しかもそれらの活動・事業は細分化されているため、ちょっと制度が異なると、ことばが通じない。
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 埼玉トヨペット本社1階ショールームで、障害者団体や他の市民団体と共同で運営する「はあとねっと輪っふる」に社員の業務として関わる参加者から、鋭い意見が出された。レポートの「何年もゼロ回答」に関わる意見。
 県の障害者特別採用試験に関し、自力通勤の条件をはずせと要望しているが、常に却下されている。逆の立場になったらわかるが、自分たち障害者はこういうことならできますよ、その際こうした支援も可能ですよといった具体的な提案をしていかないと、先へ進まないのではないかと。
 まさにその通りだ。企業人らしいリアルさ。

 これについては、長年にわたって、少しずつだが進展があることを、筆者から説明した。まず総合県交渉の結果、アンテナショップが県庁第2庁舎に開店したのが1997年。そのかっぽが、県庁内職場体験事業のコーディネート業務の委託を受けたのが2005年。近年、かっぽのPRにより、その県庁内職場体験事業に参加する施設の輪が徐々に広がってきた。この職場体験事業の報告会を県関係各課と毎年重ねてきた中で、今春の報告会では、職場体験から「超短時間就労」へのステップアップについて意見交換がなされるまでにはなってきた。

 もうひとつ、この社員から出された事例。輪っふるの活動に参加する障害者にヘルパーが2名ついてくるので、1名に減らしてもらったという話。夜に家に障害者が一人でいる時の身体介護などでは二人必要な場合があるだろう。しかし、職場や地域活動に参加する場合、本人が他の従業員や参加者と共に動く上で、ヘルパーが壁になってしまう場合もある。これは通常学級での支援員の役割にも通じることだ。

 そのいっぽうでは、車椅子使用の生徒が通常学級で学んだ際、親が付き添わない限り、危ないからと言われ、休み時間でも教室から出られなかったという体験が語られた。小学校時代だけで、中学、高校ではそうしたことはなかったという。じっさい小学校でも、下校後、地域では他の子供たちとダンゴになって遊んでいたのだが。
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 また、精神障害の青年からは、入居しているケアホームでの生活、世話人、家族と話し合い月2回だけ家に帰るようにしている現状、昼間は地域活動センターV型(小規模)を利用するにあたり、同センターは精神障害者は利用できないという自治体の方針に阻まれたこと、特例子会社に採用されたがいま体調が良くないので1日2時間勤務にしていることなどが語られた。
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 こうした職場や暮らしの現場に生きる個人の語りは、縦割りの制度に縛られた行政担当者や、やはり縦割りの制度の下でいつのまにか自分達を別々の小さな世界に閉じ込めてしまっている私たち自身の心を解き放って行くパワーがあると感じた。

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