共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 多様な働き方と仕事おこしで一緒に生きる ―共に働く街シンポ第2部(1)

<<   作成日時 : 2013/06/18 21:00   >>

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総会記念シンポジウム「共に働く街―市民・自治体の協働は」の第2部:パネルディスカッションです。タイトルは、「障害のある人も 困窮者も 主婦も 高齢者も 若者も  誰もが共に働く街づくりと 市民・自治体・地域社会の協働」

あらためて、パネルディスカションの陣容を示しておく。
  
パネリスト:日吉 孝子(NPO法人障害者の職場参加をすすめる会運営委員)
       高瀬 勇 (てとてとての会)
       石田 裕人(ワーカーズコープ・北関東事業本部)
       佐藤 春江(ワーカーズコレクティブ・埼玉葬送サポートセンター代表)
       永野 勝 (自治労埼玉県本部書記長)
       宮下 昭宣(越谷市聴覚障害者協会代表)
 コメンテーター: 藤城 浩幸(越谷市障害福祉課副主幹)
 コーディネーター:吉田 弘一(NPO法人共に生きる街づくりセンターかがし座事務局長)


 今回は、第2部のパネリスト6人の冒頭発言のうち3人分だけ、概要を伝える。例によって、未定稿。
文責は筆者。

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吉田:いまはNPO法人かがし座事務局長だが、就労支援センターの前々所長でもある。第1部の二人の話は、働くことは生きることということ。第2部のパネリストのみなさんも、これまで働きづらかった人が働くということに関わっておられる方々。よろしくお願いします。

生きざま・価値観 問い直した世一緒の出会い
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日吉:越谷に来て10年だが、その前は9時5時の一般就労をしていた。若いころ身体障害者雇用促進法ができたが、今よりずっと制度がなかった。制度がないのは困ったことだが、制度がないおかげで、障害者も周りもあの手この手、なんでもありで、どこでも足を突っ込む柔軟さが逆にあった。

 引っ越してきてたまたま家の近くに、この職場参加をすすめる会の事務所があったので関わり始めた。働けていない、施設に行ってもいない、ふらふらしている人達は、それまでの私にとってほとんど会ったことのなかった人達。その人達と世一緒の活動をする。

 世一緒には職員といわれる人はいない。月曜日から金曜日まで、障害当事者がスタッフとして当番に入っている。みんながスタッフ。それぞれの形でその場の責任を果たす。そういう形をとっている。

世一緒から就労してゆく人達は、必ずしも私のようなフルタイムの働き方ではない。これまで知らなかったが、9時5時ではない仕事、雇用率にカウントされない仕事が、地域にはけっこうあり、それが世一緒の障害者にとって足がかりになる。

ハローワークにも、1週間に2回だけ子守りをしてほしいという求人広告が出ていたという。昔のハローワークではありえなかった。越谷は小さな事業所がたくさんあるから、まだまだいろんな可能性があると思う。
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施設に対する考えも変わった。私の若いころは、施設に入るのは人生の終わりというイメージがあった。施設には行きたくないと思い、歯を食いしばって一般就労にこぎつけた。

ところが、世一緒ではグループワークといって、たとえば公益財団法人から公園の花壇整備の業務を年間を通じて請け負い、サポーターが付いて除草や移植をしているが、時々いろいろな施設とも作業をシェアしている。通所や入所施設の利用者と職員がユニットで来て、一緒にワイワイやっている。周りのお客さんの目にもとまる。公園管理事務所にも各施設の利用者が一人ずつ出て、報告に行く。

人気がありすぎて参加者が増え、最賃を目指しているが少し下回っている。こうした状況を見ると、施設に入ったら人生終わりということではなく、もっとアクティブに外に向かってゆく拠点になりうるかもしれないと思う。

この仕事をグループワークでやらないかという企業からの話がこれまでいくつかあったが、お断りしてきた。私たちの活動は試行事業であり、そこでのノウハウを地域、自治体が活用していただくことが目的だ。

世一緒でやっているピアサポートの一部を、昨年度から就労支援センターの予算事業として市に認めていただいた。グループワークのコーディネートについても、市が今後共同受注センター等を検討してゆく過程で、汲み上げられることを期待したい。

「人生ここにあり」からいまここへ
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吉田:世一緒のご近所ということで関わっていただいている。続いて、てとてとての会・高瀬さん。

高瀬:きっかけは一昨年の9月にイタリア映画「人生ここにあり」を、私が勤めている精神科病院のデイケアで観に行き、みんな感動して、何かをやりたいと思い、労協センター事業団北関東事業本部で毎月顔を合わせて、他の人々も含めて情報交換することになった。

イタリアでは精神科病院を廃止したが、地域で患者さんを支えてゆくには365日24時間のケアのシステムと、働く場を提供する協同組合のシステムが必要だと思った。

 その後どう事業を起こすかで紆余曲折があり、会を重ねるうちに主軸になってくれそうな人が就職してしまうので、私としては裏切られ感もあり、焦っている。

一時期お饅頭屋さんをやろうと手を上げた人がいて、みんなで作るということもした。でもお饅頭でどのくらい売れて、どのくらい雇えるのか計算してみると心細くなり、とつぜん生活支援に切り替えようということになった。

 会に来ている人が仙台に「ピアサポートセンターそら」というのが出来たというので、見学に行ってレポートしてくれた。感動的で、ぜひ見学に行ってみたいということになった。350キロあるというが、交替で運転し、泊まる所も考えなくてはいけない。
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 ピアサポートセンターとセルフヘルプグループはどうちがうのか、こらーる台東の加藤真規子さんに聞いたところ、セルフヘルプグループは当事者だけだが、ピアサポートセンターは経営や運営の中心が当事者で当事者以外の人も働けると言っていた。

たぶん仙台のところも対等な関係でやっているんだと思う。でも、協同組合ではなく、就労継続B型事業所だった。

まだまだ遠い道のりの途中にいる。何かアイディアがあればぜひ提供してほしい。

協同労働で自給・共生のまちづくり
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吉田:核になっている人が就職してしまうというのは、世一緒でもよくわかる話だ、続いてワーカーズコープの石田さん。

石田:「協同」は人と人が支え合い、共に目的を持って働くということ、障害があるなしも含めて、さまざまなちがいをこえて、人に役立つことを一緒にやることで、やりがいや生きがいが自分の中に目覚めて行く、そういう働き方が出来る社会を創っていきたい。

協同労働の協同組合の仕組みは、雇う・雇われるという関係でもなく、ボランティアや自営業とも異なって、自分たちでお金を出し合って、同じ仲間で組合として仕事して生活してゆけるようにしようというもの。

私たちの先輩は失業者の団体で、かっての仕事をよこせという時代を経て、自分たちで仕事をおこして請け負える団体になろうとこの活動を始めた。
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いま、東北大震災を機に、内橋克人さんのいうFEC(食料・エネルギー・ケア)を自給できる暮らし・地域づくりをしていかないと、これからの時代を生き抜けないという認識が広がっている。こうした地域づくりにあたって、協同労働という考え方が生きてくると思う。

私は放課後児童デイというサービスの事業所に関わっている。障害を持った子の親御さんがその子を預ける場所が少ない。でも障害を持った子が支援学校に行き、放課後もこういう所に来ると、地域で生活するのはどうなるのか課題がある。

親御さんも職場の中で、自分の子が障害を持っていて大変だということを言える環境がないまま働いている。障害のある子のほうは、学校が違うから、地域の子どもと遊べる環境が出来ていない。



そういう矛盾を見据えて、地域の人々自身の仕事起こし、街づくりが大事だと思っている。小学校区や中学校区にそういう拠点を創っていくという目標を持ってやっている。

関心のある方はぜひ一緒にやりましょう。
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以上、第2部前半の半分で、今日はおしまい。次回もお楽しみに!

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