共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 市民と自治体 みんなで見直そう働き方 ヒントはいっぱいだ 共に働く街シンポ第2部 完結編

<<   作成日時 : 2013/06/26 17:40   >>

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総会記念シンポジウム「共に働く街―市民・自治体の協働は」の第2部:パネルディスカッション 、「障害のある人も 困窮者も 主婦も 高齢者も 若者も  誰もが共に働く街づくりと 市民・自治体・地域社会の協働」 今回はいよいよ完結編だ。なお前3回と同様、あくまでも筆者の文責で、詳細かつ正確な報告は、後日にゆだねる。意を尽くしていない個所もあろうかと思うが、ご寛恕を。
吉田:
 後半に入る。ここにおられる皆さんは、越谷やその周辺で働き、生きてこられた。佐藤さんはただの主婦と言われたが、子育てという人づくりを足場に、まちづくりに関わってこられた。宮下さんもずっと長く働きながら、地域の他の人々と共に聴覚障害者協会や手話サークルを通してまちづくりを担ってきた。
「制度」と「関係」 その合流点から歩き出す
 それでは会場から質問があれば受けたいと思う。パネリストの間でも質問があれば。

 ここで顔を合わせた皆さんは、今後街で顔を合わせたら、やあやあという関係で、何か仕事があれば、これやれる人いないかといった感じの関わりが育っていくんじゃないかなあと思う。そういう意味では安心感がある。

 私は前に就労支援センター所長をしていたが、たとえばもしも「重度判定」というものがなかったら、障害者就労というのは吹っ飛んでしまうんじゃないかと感じる。悪口で言ってるんじゃなくて、逆にそういうものがあるんだから最大限利用した上で、そこにあてはまらない部分について、第一部で沖山さんが話した、身近な職場に隙間をこじあけて入り込んでいくこともやってゆけばいいと思う。

 日吉さんの報告に昔の障害者就労の経験があったが、逆にいえばいまの就労支援というのは脆弱である。制度に乗っかっているぶん、脆弱である。たとえば就労支援センターは予算化されているが、世一緒は予算の裏付けはない。でも、世一緒でやっているようなまちおこし、まちづくりの中での働く取り組みが必要だとしたら、今後どうしてゆくべきかがテーマになってくるんだろうと思う。どんな可能性があるのか。日吉さん。

福祉を職場にひらく 経験の継承を
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日吉:
 そうしたこれまで手弁当でやってきた会だから、いつなくなるかもしれない。時に蓄積した情報やノウハウをどう地域でバトンタッチしていくのかがある意味大きなこれからの課題だと思う。

 昨年からワーカーズコープさんやコレクティブさんと協同まつりinこしがや、をやってみたり、その後も仕事おこしなどを考える実行委員会を作って会議している。私が個人的に考えているのは、この先グループワークのノウハウを生かしていく形で市役所のほうに受け継いでいただくか、せっかくできたこのしらこばとが元締めになってグループワークの場を広げていくといったこと。

 施設の人たちがグループワークに参加しにくい要因としては1人か2人の当事者を出すときにサポーターの職員を一人出すのが負担になるという。地域適応支援事業の場合はサポーターとして職員が付いていくときに1回2500円という、その職員の穴埋めのためのお金が出ている。

 もう少し連携が進んでゆけば、施設職員が他施設の利用者のジョブサポートをしたり、世一緒でグループワークを長くやっている人はそのつきあいがあったり、養護学校で一緒だったとか、そういうつながりの中で。水上公園でも新しく来た人にベテランの当事者が教えたりするピアサポート的な要素が大きな位置を占めると思う。それを含めて、つながりの要めとなるものができ、そこにバトンタッチしてゆければと思う。

グループワークにおけるピアサポートの位置
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沖山:
 いまのグループワークの話だが、障害がある人が2人で行って、片方がサポーターで片方がワーカーというのではだめなのか?何か、参加者が障害者でサポートは障害のない人というように聞こえるが、いままでやって来られた活動とくらべて違和感がある。

日吉:
 当事者と健全者の組み合わせにこだわるわけではない。ただ、その場所に行ったときに背中を押す役割の人がいないとなかなか体が動かないという人もたくさん参加している。そのへん、障害者・健全者関係なく、「その場で一緒に仕事をする仲間としてのピア」ということになると思う。ここ数年の地域適応支援事業でも車いすの人がサポーターとして付いて支援しているのがある。その中で健全者対障害者というだけの構造にとらわれてはいけないということで、「ピア」と考えている。

吉田:
 いまの話は、自分が就労支援センターの仕事をしていた時のことを踏まえて考えると、逆に施設職員の底上げというか、施設の中にいると、する側・される側に分かれてしまうというところを含めての話だったと思う。
 あと、前半での自治労の報告は、920円という仕事をどのくらい時間をかけてもいいよということで、働くという考え方に幅があるなと感じた。そういうさまざまな働き方を、グループないしコミューンとしてまとめてゆく否決についても聞いてみたいが。その前に会場の皆さんからはいかがか。

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鈴木(会場から):
 宮下さんに質問したい。最初経歴を読み2つの疑問が浮かんだ。20何年間勤めていた会社をなぜ辞めたのか、それはわかったが2つ目の疑問。証券会社に勤めて相当な苦労があるのでは。前職が設計で製造業だが、証券会社で聴力障害者がどういう仕事をやっているのか。できればご苦労話をお聞きしたい。

経済変動下 障害者の働き方はいま
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宮下:
 25年間勤めた会社を辞めた理由は会社の都合、会社の経営が良くない事情があり、早期退職制度を募集し、思い切って利用して会社を辞めた。いろいろ悩んだ。他の会社に入れるかどうか悩んだが思い切ってやめた。

 二つ目の質問、まったく職種が変わったことだが、今までトラック関係の設計をやっていたが、今の会社に入った理由は、たまたま合同面接会で面接したのが証券会社。

 面接の連絡を受けて入ったが、実際の仕事の内容は、証券会社のイメージは株の売り買いをするイメージがあると思うが、私の仕事は総務課、事務の仕事。

 パソコンや事務系の郵送の仕事はできる。ほとんどはパソコンを使う仕事。以前の仕事でもパソコンを使っていたので。マニュアル通りにやって行けばできる。 前の設計の時はいろいろ考えながら進めていかなければいけないので大変だったが。

 将来は仕事の幅を広げていきたいので、それに対しては苦労はある。

 現在の仕事では仕事の時間が空いてしまって、それはつらい。面接のときに言われたのは設計の仕事とはだいぶ違うから大丈夫かと言われたが、その時はわからなかった。実際に職場に入るとあっという間に仕事が終わってしまう。

 隣の人が辞めてしまったのでその人の仕事もやっているのでだんだん仕事は増えてきた。これから仕事の幅を広げていきたい。 

吉田:
 ていねいな回答、ありがとうございます。

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受け手から担い手へ 変換は可能か
小野(会場から):
 所沢のとことこの家に関わっている。それぞれの立場の話を伺ったので参考になる。

 先ほど健常の人と障害者が一緒に働くことについて、話された。職場ではないが家の中を考えると、娘が知的障害、出来ることはたくさんある。ただこちらの思いとなかなか一致しない。

 そういうことが職場でサポートする人と障害者の関係だと、3者がそこにいる。仕事をしてもらいたい会社とサポートする人と、当事者。
 
 当事者本人がダイレクトにものを感じられるような場であってほしい。サポーターが一歩下がるような、そう感じた。

吉田:
 石田さんは、いまの話についてどう考えるか。

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石田:
 私個人はいま直接関わっていないが、実際そういう現場があり、今やっと研究というか、試行錯誤の状況ではないかと実感している。

 個人的な経験では、群馬にいるときに初めて2級のヘルパー講座で、知的障害者を対象にした講座を県に提案し受託して始めた。

 それが、特別支援学校等の先生にも非常に喜ばれ、就業・生活支援センターの人にも歓迎された。2級ヘルパーになった障害者が、認知症のグループホームに行くと好かれる。にこやかにコミュニケーションをとれる。そういう特技がでる。

 そこもNPO法人で理解があり、トライアル雇用で入って、最終的には正式に雇用された。そこでは、職員も成長するという言い方をしていた。どう接したらいいか逆に学んでいると聞いた。そういうことを積み重ねるのがいいと思う。

吉田:
 細かな積み重ねが、少しずつ関係を変えてゆくということなんだと思う。それでは、三郷の大野さん。

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職場―地域 生活者の視点で働き方の総見直しを 
大野(会場から):
 三郷市障害者就労支援センターで働いている。皆さんの話を聞いてなるほどと思っていた。三郷市でもようやく障害者にこういう仕事を頼めないかなという形で、市役所の職場で体験、実習という場を作り始めているところ。
 
 皆さんは自分の力やほかの人の力をまとめて大きな力にしていると思う。お話を聞かせてほしい。

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永野:
 まとめてきているというようなニュアンスのお話だが、まとめるつもりでやっているわけではない。ただ、、基本的なところは一緒に地域で暮らしている生活者なんだという考え方。

 生活していくためには働かなくてはいけない、その働く場所を作ってというのが基本。

 仕事を考えると、先ほどの四角い仕事、すなわち普通に8時半から5時まで、仕事ができる人をと雇う側は考える。

 それができないから苦労している。週1日なら十分仕事ができるとか、毎日でも1時間ならとか。いろいろな人がいると思う。

 仕事を出す側の都合で仕事をしてもらうのではなくてする側の都合をもうちょっと考えようというのが基本になってくると思う。

 仕事をする側がこういうやり方ならできるというのを売り込む必要があると思う。実際に壁があるような組織であっても打ち破っていける。

 一見ちゃんと8時半から働いているような組織の中でも目いっぱい働いてさらに働ける人、逆に限界だという人もいる。実際に折れてしまう人もいる。そういう人は本来落とした就労をしなければならない。

 逆にそういう部分も含めていろいろな働き方を作っていかないと、これからの少子高齢化、子育てしたり、介護したりしながら働いていく、そういう人の仕事のあり方も考えていかないといけない。

 部分就労を認めるような方向にもっていかないと、みんながこの地域で笑顔で暮らせる社会を作っていけない。

 普通に働ける人。その人たちはなかなか人員を増やせない状況の中で、仕事は目いっぱいしなければいけないということで、どんどん過重労働になっている。その部分をみんなで分けていかないといけないと思う。

 地域で努力しなければいけないが、大きな政治の仕組みも変えていかないといけない。

吉田:
 ちょっと政治という話も出たが、その辺もつながっていかないといけないので、もっともっと話をしていかないといけないんだろうと思う。

 高瀬さんはどうか。仕事を作っていこうという中で気にしていることなど。

事業おこしはたいへん
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高瀬:
 わたしのほうが困っているから皆さんに逆に聞きたい。事業を起こすのは大変だという思いでいっぱい。

 先ほどのやり取りで確認したかったことがある。沖山さんのサポーターが障害者でもというのは。

沖山:
 施設側の人員がないということになるが、かたや障害者がサポートする側に回って押し切ればいいんじゃないかと思って質問したら、それでよいということなので納得した。

高瀬:
 それを確認してよかったと思う。

高齢化社会 居場所としての仕事を
吉田:
 佐藤さんは主婦だと言われたが、どういうことがあれば主婦が働きやすくなるか。
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佐藤:
 プロフィール見てもらっても、私の人生どうということはない。ちょっと他の主婦より興味があるだけで、起業した。

 出資して、労働して、となったら本当に大変。時給でなくて残ったお金をみんなで分けているので、最賃どころの状況ではない。

 でも自分たちで仕事を起こしているだけでなく、委託されている仕事もあるので、そういうところは潤っている。

 アピールして委託をもらえれば安定につながっていくので。安定は皆さん求めると思う。

 本当にふらふらしているので。本当にただの主婦です。

吉田:
 逆に考えると、ただの主婦でもまちづくり、仕事おこしに参加していけるんだということ。

佐藤:
 本当にこれからの高齢化社会の中で、居場所づくりになっていければと思う。

吉田:
 会場からもう1名、松田さん。

ゼロから始まった 地域での就労支援
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松田(会場から):

 NPO法人ひかりの森。視覚障害者の立場から。なかなか理解されない。視覚障害というと全盲で非常に危なくて何もできないという間違った認識でなかなか就職できない。

 が、このところ、うちの光の森でも就労支援ということで少し予算がついて、専門の職員を置いて、就労支援に向けて動いてきた。

 まずハローワークに本人が行き、募集している企業に連絡すると視覚障碍者は無理だと断られる。

 地域適応支援事業で2人体験した。パソコンでこういうことができる、本の整理もできる。それを実体験して、就職へ向け動いた。

 正規のルートではなく、協同まつりinこしがやで知り合ったところに、就労支援の職員が頼み込んだ。なんでもいいから経験させてほしいと。

 ゼロから始まるということ。音声パソコンもできる、電話番が好きだと、半ば無理矢理にもぐりこんだ。そして体験が始まった。

 女性のほうは張り切って、生きがいだと、こういうところで仕事がしたかったと。交通費も時給も出ない、ただおいしいお弁当がもらえる。

 そして半年たち話し合いをした。向こうも一生懸命やっている当事者なので、就労支援の職員が入って話し合いをして覚書を交わすところまでできた。交通費、お弁当を出す。ただし時間給は無し。交通費は出るようになった。これは大変な進歩だ。

 本人がお金ではない、やりたいという強い気持ちは変わらない。

 もう一人、音声パソコンでメニュー表を作らせてくださいというところから始めた人、最初はゼロだがついにこれだけのものができた、チラシで印刷して、レイアウト料も入れて15000円でできるということでいいということなった。その中から作った人にもお金が出せた。

 全部、最初の体験、それも実績として履歴書の他に自分のプロフィールとして明記した。それを今でも次の就労に向けて、出来るということをきちんと明記できることを体験したのでそれを武器にしてさらに次のステップに進んでいる。

吉田:
 当事者が働いている話、これがやりがいにつながっていくんだと思う。

 そろそろ時間になる。最後になるが、藤城さん、市役所からどうこうということではなく、ざっくばらんに感想を含めて。

コメント:一緒に働き・語ることが気づきに
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藤城:
 私は20年少し前に市役所に入り最初の職場が公民館、そのあと住宅建築、そのあと教育委員会の総務課、そして今の課が5年目。

 それぞれご案内の通り、市役所の職員はいろんな職場に転々とさせられるのがほとんどだ。

 障害福祉課でわたしは最初の3年間は身体障害、そのあと、障害者計画、予算の管理、医療給付などを担ってる。

 そこでまず思ったのは課を替わった時もそうだが、知らないところ、全く気付かないところがほとんど。障害福祉課に来た時に手帳が3種類あるのも知らなかった。

 そこで3年やり、今度は係が替わり、就労の話、同じ課にいて恥ずかしいが、地域適応支援事業とは何ぞやから入らなければいけなかった。

 実際に自分の課で担当し、障害者が何をできるんだろうと考えたときに、パネリストの方から見るとまったくひよっこだが、先ほどの松田さんのところから参加した方でも、私たちケースワーカーとして携わっている人間は大体わかる。逆に予算、給付をやっている職員はその辺の理解はどうしても乏しかった。

 その中で事務仕事をやってもらうほかに、おしゃべりタイム、ふだん障害者と接しない職員との交流の時間を設けた。終わった後に、仕事を進めていくうえでプラスになったという事例がある。
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 今回の地域適応支援事業を実施するという中で、部長からこれを何のためにやって行くのかもう一度考えてと言われている。事業実施のための事業ではなく越谷市の中で障害者就労の中でこの事業を今後どう発展させていくのかという問いかけだと思う。

 実際に障害者と一緒に働く中で、知らないこと気づくこと、他の課の職員から報告会や個人的に伺うこともある。

 うまく話がまとまらないが、いろんな機会を通して地域の中で障害のある人もない人も同じような土俵の中で働いていくことができればという感想を持っている。

 日吉さんからグループワークの継続の場という話があったが、優先調達法の施行に伴い共同受注の構築も市としての大きな課題。近隣の市町から問い合わせが入ってくるが、だいたいどこも似たりよったりの現状のようだ。

 市の中でも若干ながら動きが始まっているので、いきなり100点のものが出るのは無理だが、みなさんと歩調を合わせて進めていきたいと考えている。

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吉田:
 優先調達法の話など、ありがとうございました。時間もちょっと超過した。長い間パネリストの皆さんもありがとうございます。

 第1部の沖山さんの話の中で、「就労意欲があるのか」という話があった。

 障害者の問題とほかの社会的な困難を抱える人々の問題が重なってきつつある中で、私たちも本当の意味で「共に働くまちづくりの意思はあるのか」ということを問われているんだと思う。

 ここで終わりではない、ここからどう作っていくかだと思う。お疲れ様でした。

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