共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 水と生きた埼玉の人々―その長い試行錯誤の積分を見ている

<<   作成日時 : 2013/03/27 00:04   >>

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春日部市の最南部から越谷市の北部を流れる千間堀の夕陽。明治の終わりから大正にかけて(1907〜1916)、この千間掘に集まる排水を下流の越谷市増林村で元荒川に落とす工事をめぐって激しい争いがあった。当時全国最大規模と言われた「新方領耕地整理事業」の中のドラマ。

 「新方領」は古利根川と元荒川に挟まれた一帯で、いま私の住む春日部市大大場の字「谷中」では、当時「蛙の小便で水がいっちゃうところだ」、「犬にぶっつける泥もねんだんべな」と言われ、1反のうち1畝か2畝は沼で課税対象外だったという。

 春日部市の警察署や県の地方合同庁舎があるあたりは「セーフロ(風呂)ドリという稲刈りをしたことがあった。これは肩まで水につかって稲刈りをすることだった。寒い時期にドブロクを飲んで田仕事をやった。」という。

 そうした地域の農地の区画整理と用排水の整備を目的とした事業だが、場所によっては用水が取られて不足してしまうのではないかとか、排水が増えて氾濫するのではないかとか、耕地整理は小地主を犠牲にするとか、さまざまな疑問が錯綜し反対運動や延期運動がおこり、警察が出動し検挙者も出た。

 この地に東京から移り住んでやがて40年―長い年月を経て、このごろ風景を成り立たせている人びとの営みの歴史に思いをめぐらすようになってきたなあ。

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 うちのすぐ近くの小さな稲荷神社の入り口に今朝人が数人いて柱を打ち込んでいるなと思っていたが、さっき15:30早めに帰ってきたらうちの地主さんはじめ昔からの在の人たちが集まって柱に幟旗を立てているように見えた。

 「お祭りですか」と訊くと「初午なんだよ。昔はにぎやかだったんだけどね。」と地主さん。集まっている人も高齢者ばかり。地主さんの話では、少し先にある稲荷神社では幟旗の柱が太いので担ぎ手がいないため幟旗をたてなくなっちゃったという。

 と見るうちに、幟旗は降ろされていく。他の顔見知りとも言葉を交わす。「まつりは1年に一回だけなの?」、「そう、今日だけなのよ。」

 幟旗の文字を「これなんて読むんですか」と訊いたが「さあ?」。

 この前紹介したようにかって「蛙の小便で水かいっちゃうところだ」、「犬にぶつける泥もねんだんべな」と言われてきた一年中水浸しの田圃で生きてきた人々が1年の農事の初めにあたり村の鎮守に捧げる祈りが込められた幟旗の字は、字であって単なる字ではなかったのだろう。

 帰ってから調べてきたら、どうやら「稲倉魂命」と書かれていて、「いなくらたまのみこと」あるいは「うかのみたまのみこと」と読むらしい。稲の精霊神。今日集まっていた在の人たちのかっての田圃はほとんどが住宅地に変わり、ふだんは新住民と一緒の自治会で動いている。かって臍まで水に入って田植えをしたり、刈った稲を舟で屋敷まで引っ張ってきたといった日々を村ぐるみで生き抜いてきた歴史は、いまわずかにこの初午に生き残っている。

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 ご存知トリプル障害の怪物・橋本画伯の思いつきをきっかけに街を行く火曜プログラム「絵日記の旅」。本日は武蔵野線東浦和駅にほど近い見沼通船堀公園へ。上の写真は現地の竹林で昼食中のRさんと介助のAさん。

 見沼といえば見沼田圃福祉農園のあるところ。

 見沼は6000年前海の入江だったがその後は海が退き長い間龍神の沼となる。江戸初期になり八丁堤が築かれ溜井となり周辺の田圃の水を確保。そして中期、吉宗時代の新田開発の一環で干拓し東西に代用水を作り、中央を流れる芝川を整備しここに排水した。
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 上の写真は通船堀の案内板。この2本の代用水と芝川を江戸との間の水上輸送にも活用したが、代用水が芝川より3m高いところを流れているので、183年後パナマ運河で用いられた閘門式という水門によるエレベーター方式で川から川へ移った。この通船堀はその後200年間にわたり利用され昭和初期に廃止される。

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 この写真は周辺風景。広大な見沼田圃の一部。福祉農園はこの上流(左手)。

 東京に近い見沼田圃は戦後の高度成長と共に開発の波に見舞われたが、台風による下流の川口や東京下町の浸水被害を契機に保水機能が注目され、ついに県が開発規制をかける。

 しかし社会総体としての都市化で遊休農地が増える中、県として保全しつつ活用する施策の一環として、ぺんぎん村の要望や他団体も一緒になった「総合県交渉」などをうけ、1998年県の見沼田圃公有地化事業の中に「福祉農園の管理・運営イメージ」が盛り込、翌年開園にいたる。

(詳しくはHP「見沼田圃福祉農園・龍神伝心http://homepage2.nifty.com/minumafarm/参照)
 この風景は人々の長い試行錯誤の歴史の積分としてここにある。手つかずの自然ではない。

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