共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

アクセスカウンタ

zoom RSS 施設・病院と向かい合い地域で生きてきた30数年のまとめ的エピソード集 T

<<   作成日時 : 2013/02/02 10:27   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1

画像
今回はとくに長くなるが、私たちの「地域で共に!」そして「施設、病院から地域へ!」という取り組みの歴史と思想をシリーズで(T〜X)まとめておきたい。なおこれらはここ数ケ月のfacebookに載せた記事のまとめなので、つぎはぎ的な印象を受けるかもしれないがご容赦を!まず最初のエピソードから…。正月に見舞った水谷母の病室の窓から日本初の重症心身障害児施設・島田療育センターが見える。人気がまるで感じられない建物の屋上に今日4人の影が見えた。遠目で定かではないがどうやらその一人は女性で立ち歩きができる脳性麻痺者らしく他3人は家族のよう。

 かってここで職員たちが女性障害者を連れ出したとされて4人が解雇された事件があったことを連想した。見舞いのあと、島田療育センターの正面に回ってみた。小高い敷地にいくつもの病棟などが建ち並ぶ。入口の坂の途中にある駐車場は1983年1月に三井絹子さんら障害者たちが施設を出て暮らしたい斉藤秀子さんの思いを応援すべくテントを張って泊まり込んだという現場(モノクロ写真は荘田智彦著「同行者たちー絶望の福祉はこうしてつくられた 『重症児施設』島田療育園の20年」、千書房;1983より)。
画像

 当時の斉藤さんの詩―


 「今の私」                   
                 第3病棟 斉藤秀子
自分で違う世界へ行きたい
  なぜか一人知らない世界に流されて
見知らぬ人とめぐりあいたい
自分で歩いて遠くへ行きたい

 解雇された4人は抗議の闘いを組んだが3人はやがて身をひき、残った1人石田圭二さんが1985年5月にそう遠くない場所で「ハンディをもつ人がはたらくお店・リサイクルショップちいろばの家」を開き現在に至ることを今日初めて知った。「ちいろば」の名そのものは前から聞いてはいたのだが。

 あれからやがて30年がすぎようとしている。状況は少しは変わったのか?島田療育センターが2月に予定している公開シンポジウムには脳性麻痺の当事者である熊谷晋一郎氏や先天性多発性関節拘縮症当事者の名も見えているが…

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
さんふらわあ乗船券販売所・関汽交通社

連合・サービス連合傘下の労働組合

関汽交通社社員さんへ

いじめ行為、嫌がらせ行為やめてください。

プライバシー等の人格権侵害行為もやめてください。

裁判所は、結論として、申立人らに対する面談強要の禁止、
申立人らの自宅前の道路の立入禁止、申立人らの監視の
禁止、申立人らのつきまといの禁止を命じた。

 その理由についてであるが、被申立人らの追尾行為、
それらが申立人らの生活の平穏、プライバシー等の
人格権侵害に該当することが明白であると述べ、
したがって、申立人らは、面談禁止、監視、付きまとい等
の禁止を求めることができるとした。

安心して、働きたいが労働者の要求です。

全国で有名になるまでがんばるぞ!

関西汽船南港乗船券販売所・関汽交通社
さんふらわあ乗船券販売所・関汽交通社
2013/02/02 20:44

コメントする help

ニックネーム
本 文
施設・病院と向かい合い地域で生きてきた30数年のまとめ的エピソード集 T 共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる