共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

アクセスカウンタ

zoom RSS あたりまえの一緒の暮らし・住まい・学校そして交通 ― 交通アクセスinにいざ を終えて

<<   作成日時 : 2012/11/21 20:09   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
11日(日)に開催した交通アクセスinにいざでは「暮らしと交通」をテーマに。一人暮らしの障害者Hさんのアパートへ。アプローチがすごく急な坂。Hさんは電動車椅子だが、この坂は自信がないので、遠回りすることが多いようだ。

画像
ここがHさんのアパート前。敷地内の段差にお父さん手作りの使い心地よいスロープが設置出来たが公道と敷地の間の段差は解消できぬまま。

だからそこは介助者を頼んで乗り越える。
画像


大家、不動産屋、家族、近隣、自治体それぞれの事情と本人の事情をつき合わせながら切り拓いてゆくあたりまえの暮らし。公共交通機関についても、あるいは学校についても、職場についても同様にできないものだろうか。

画像

 この日の報告集会に参加した県の福祉のまちづくり担当者からは、たとえば点字ブロックをどう敷いたらいいかといった質問をしてくる事業者がいるが県は大雑把な基準しか決めていないので、その都度「当事者に訊いて下さい」と答えているが、事業者のほうはめんどうに思うらしく行政にたずねたり、交通エコモ財団に訊きますといった姿勢が見られると語られた。どの分野にも通じるすれちがい。

画像

 その交通アクセスinにいざの閉会あいさつで、来た道をふりかえり感極まって嗚咽する副実行委員長・野島久美子。集会では29年前、彼女が「草加駅に誰でも使えるエレベーターを」と駅頭で呼びかけるニュース映像が流された。
  箱入り人形だった彼女が電動車いすで街へ出る楽しみを覚え、やがて電車に乗ってわらじの会の活動に参加し始めて間もなくだった。当時八潮に住んでいた彼女は1時間近くかけて草加駅まで来て、そこに立ちはだかる階段を乗客にかつぎあげてもらいやっと電車に乗った。手こぎの車椅子ではすでにわらじの会の面々が一人乗車していたが、重い電動車いすで乗車したのは彼女が初めてだった。恐らく全国的にも草分けに違いない。
画像
(この写真は草加駅ではないが当時の初々しい野島)

画像
挑戦は続く。20年前、春日部市で一人暮らししていた彼女は障害のある子どもたちの高校進学に共感し、養護学校卒の身ながら定時制高校に受験し2年目に県立与野高校に合格した。ずっと念願だったセーラー服を着て毎日電車で通学し始めた。こうしてまだまったく改善の予定もなかったJRの各駅にも衝撃が走ることになる。

画像

 高校の下車駅では彼女専用のスロープを急造し、南越谷駅の管理職は腰痛で入院し駅員たちは本社に昇降設備を要望した。

画像
みんなと一緒にあたりまえに暮らしたい、そんな彼女は風呂介助の約束の時間には何をさておいても帰宅する。しかし自分の生活を守る以上に、誰もがあたりまえにぶつかりあいながら一緒に生きる地域をめざしてきた。それが結果として交通アクセスに結び付いた。
 これからを考える上でもとても大事なこと。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
あたりまえの一緒の暮らし・住まい・学校そして交通 ― 交通アクセスinにいざ を終えて 共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる