共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 県の職員さんたち 遊びに来ませんか ― ネットワーク総合県交渉第1日が終わる

<<   作成日時 : 2012/08/29 00:38   >>

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総合県交渉2012の初日が終わった。埼玉障害者市民ネットワーク主催のこの交渉は、同ネットワークと(社)埼玉障害者自立生活協会の共通の母体である埼玉社会福祉研究会時代からもう25年間にわたり積み重ねられている。当時の交渉団体は、同研究会が事務局を務めた「国際障害者年・サイタマ5年目のつどい実行委員会」。シンポジウムで出された課題をもって、県とわたりあった形だった。
 同研究会機関誌「通信」NO.16表紙には、「やりました初の総合県交渉―ひとは特殊教育と福祉によってのみ生きるものにあらず」と記されていた。
 当時の埼玉県は、東京や近県にくらべて「遅れた埼玉」を近代化してゆくことに必死だった。養護学校・特殊学級を増やすこと、特殊教育に偏見をもつ親たちに障害を受容させその子にあった教育を受けるよう理解をすすめること、親たちが共倒れにならぬよう入所施設や通所施設などの受け皿を増やすこと、軽い障害者の職業訓練を行い事業主の理解を得て障害者雇用を拡大することなどを、県はめざしていた。
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 それに対して、上記実行委員会が投げかけたのは、障害のあるなしにかかわらず普通に他の人々と共に生きてゆくことを邪魔するなということだった。「総合県交渉」の「総合」とは、障害者用の別枠の施策でなく、県民に関わるさまざまな施策の中で共に生きるという意味だった(写真は1987年の初めての総合県交渉)。

 この時の「通信」の交渉報告の見出しを追ってみると、その「総合」がわかる。

 「普通学級への希望、どうやって『尊重する』のか?」
 「継子扱いするな 共に学ぶ『障害児』」
 「足きりにならないか?高校受験前の事前協議」
 「普通学級の『障害児』は特殊教育課の担当ではなかった!」
 「雇用促進法の利用可能性 アドバイスを約束」
 「安定所所長へも要望の趣旨伝える」
 「雇用率未達成市町村は26」
 「民間企業の4割が雇用率不足」
 「『入所者の人としての尊厳保障』しかし具体策なし」
 「風呂の同性介護・外出の必要性 認めるが施設現場には指示せず?」
 「ケア付き住宅はやらない?がグループホーム検討中 −呼び名の違いだけなのに」
 「『地域の問題は市へ』というのは逃げだ」
 「『お恥ずかしいが』県費受けてない作業所の実態知らぬ」
 「身体障害児・者実態調査についてー調査より参加を」
 「なぜ見沼に?不透明な会館計画が急ピッチで」
 「社会参加の場にというが…参加する見沼の自然と生活に無関心ではいられぬはず」
 「もうわかりません?会館予定地のダーティな過去」
 「ほんとに緊急課題なのか?スポーツ・レク施設」
 「やっぱり収容主義 62年度福祉予算」
 

 
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 さて4半世紀続けてきて、総合県交渉はどう変わってきたか?
 
 大ざっぱにふりかえれば、この総合県交渉や各市町村との協働を通して、「遅れた埼玉」を逆手に取った、地域のさまざまな人々とごちゃごちゃと生きる埼玉独自の施策が、市や県の単独事業としてつくられたり、雇用促進法を活用して地域に共に働く事業所をつくるための行政の助言など、金はjかけないが人間関係に編みこまれた施策が徐々にできて行き、「埼玉流」として全国的にもユニークな取り組みができていった。

 が、10年前の2003年リーマンショックと時期を同じくして到来した福祉バブル(支援費制度〜自立支援法)の大波に県・市町村も、そして障害者や関係者も飲みこまれる中で、それまで15年間かけて積み重ねてきたものが崩され始めた。「埼玉流」の自治体施策も廃止される市町が増えていった。国の施策ができたからということで。障害者、関係者も、制度的に安定し、事業報酬等も多い国の制度利用に切り替えてゆき始めた。

 海流に流され、互いに引き離され、波間を漂いながら、それでも新たな試行錯誤があちこちでなされていったこともたしかだ。新たに加わる人も増えつながりの輪は大きくなったけれど、どこでつながっているのか見えにくくなった。この10年の総合県交渉は当日の多数の参加にもかかわらず、前段での要望書をまとめる作業への参加は少なかった。

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 しかし今年は少し違った。6月のネットワーク合宿で、要望書の分野ごとに話し合いを進める担当者が半ば強引に割り振られ、合宿の場でも分野ごとの話し合いがなされ(写真)、さらに合宿後もくりかえし話し合いがもたれた。
 これまでは交渉当日のみ参加していた人々が、要望書づくりを担った。そのことによって、これまでは漠然と一緒だと思っていた互いの考えのちがいを発見し、その背後にある暮らしや活動の実態のちがいに気付き始める。福祉バブルに抗ったり、時には身を任せたりしながら生き抜く中で、自立生活とか共に働くといってもほんとうにさまざまに異なる活動が生まれてきたんだなと感じる。だからちがうけれど、ちがうからこそ一緒に動いてみることの面白さも実感する。
 
 25、6年前に「国際障害者年・サイタマ5年目のつどい」をやろうと呼びかけて集まった時は、それまでまったく別々にやってきた 就学運動、街に出る活動、差別告発運動の間に「一緒」の感覚はなく、顔を合わせれば怒鳴り合いがくりかえされた。ちがうことが前提で、一緒にやる土俵を探った。
 その時とは大きく異なっているが、通じるものがある。

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 今年の総合県交渉(写真)。要望書は分野ごとに様式が異なり、重なる部分もかなりあり、県担当者の回答もかんちがいの内容が多かった。にもかかわらず、近年になく充実感が伴っているのは、参加した自分達相互の面白さ、かけがえのなさ、生活の奥行きの深さに気付き始めたからだろう。

他者の生活世界の奥行きに出会うとき、その他者の世界から自分自身の世界の奥行きが照らされてくる。これまで自分を縛りつけていた家庭や近隣や学校や職場の日常がほぐされてくる。 しがらみが編みなおされる。

 だからこそ県の職員たちにも、単に要求に応えろというのではなく、まず人としてつきあってみようよと呼びかけられるのだ。I くんは言った、「遊びに来ませんか」と。Yくんは言った、「お手伝いしますよ」と。まずはそこからだ。
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