共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 今月の「関係(しがらみ)」 ―facebookおすそわけ

<<   作成日時 : 2012/07/28 00:21   >>

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「共生」とは目標、理念ではなく、出発点、土俵にすぎないと前回書いた。言い換えれば共生とは「障害の社会モデル」のことである。だから「障害の社会モデル」も目標ではなく、出発点、土俵にすぎないことになる。
 そして、重要なのは社会は無数の関係から成り立っており、その関係ひとつひとつの中に固有の差別や排除が織り込まれていること。だからそれらの関係は、反差別や包摂をめぐる闘いの土俵ともなりうること。と同時に差別の解消や包摂の獲得も、それ自体制度として固定化されてゆくことを通し、新たな形での差別や排除をはらむ関係になってゆくこと。この「関係」を筆者は「しがらみ」と呼ぶ。そして「しがらみを編み直す」過程に注目する。
 
 それは必ずしも意識的、理念的な運動ではない場合が多く、ある時は狐と狸のばかし合いのようであり、ある時は偏狭とも見えるこだわりをめぐるかけひきであったりする。
 しかし、こうした暮らしの技こそ、社会の深部においてじわりじわりと世界を動かしてゆくのではないか。そんな意味合いを込めて、筆者は「障害の関係(しがらみ)モデル」を提唱している。

 だが、こうした発想は、きわめてマイナーでしかない。そのマイナーな発想をささやかながら発信してゆくため、筆者はfacebookを活用しているが、これまたごく少数の方々の目に触れるだけなので、支障がない限りにおいて、facebookに紹介した日常の出来事をブログでも伝えておこうと考える。
 先日「これが私の二週間の仕事です」と題して発表したが、これからも折々にまとめて発表する。
 …というわけで、冒頭の写真だが、ご存知の方も多いだろう。埼玉障害者市民ネットワーク代表の野島久美子さんだ。以下はfacebookから。
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障害者市民ネットワーク総合県交渉へ向けた要望書検討会議の後の交流会から帰る電車で、ネットワーク代表。

 30年近く前埼玉県で電動車いす単独乗車を初めて敢行したのはおそらくこの人。
 20年前に彼女が電車を二回乗り換えて電動車いすで定時制高校に通ったから、駅に臨時スロープが設置されたり、駅員たちが本社に昇降装置を要望したりして、駅が変わっていった。そんな歴史が忘れられた上に、形だけの福祉のまちづくり。
 
今日駅で障害者手帳の提示を求められたと会議で報告し、見たらわかるのにと笑っていた。別の橋上駅で同行者が介助してエスカレーターを昇り改札に行くと、ホームへの経路はエスカレーターしかないのに、駅員は手伝いましょうかとも言わない。存在に気がつかない。手帳を提示し全面的に駅員におまかせの存在だけが「障害者」で、それ以外は透明な存在になってしまうおかしさを笑い飛ばす。


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貧乏神、元祖登校拒否児、元マザコン少年をもって任ずる樋上君宅でのプランづくり会。

 1年の大半をひきこもって過ごし「元気?」と声をかけられると「元気ないです」が挨拶の彼が、長髪も髭もカットし、顔色が良いのに驚く。
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 横浜の弟の近くで住んでいた父が脳梗塞で危篤になり入院しもう3週間毎日片道3時間かけて病院に通う。本日人工呼吸器装着。人生46年にして初めて「長男」が自分においてブレイクしていると語る。

 先日は、母親の位牌もある父の部屋に泊まったら、ガス風呂が湧かせず、父がいじわるしていると思ったが、実は電動車いすの充電のために着火用の電源をぬいていたためだったと。


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 昨日の山の疲れを癒しながらさよなら原発10万人集会参加者たちの報告をfacebookで見たりしていたら野沢代表宅からの緊急通報が2度にわたり入り、連れ合いと出かける。

 通報はメッセージが機械的に流れるだけなので、状況は分からず。先週もHさんが2度呼び出され水分補給をした。この緊急通報先は5ヶ所で、応答がないと順につぎつぎ電話をかけてゆく方式。今日はHさん不在らしい。

 エアコンが古くリモコンも壊れ部屋が暑くなりやすい。そこへプラス、「怖い」ヘルパーをとつぜん切る、野沢流自立生活技法。とにかく脱水がひどければ緊急受診も必要と考えリフト車で向かう。

 だが、部屋に入るとエアコンが付いており、顔色も悪くない。近年発語がしにくくなっているので、アカサタナで一字ずつ聴き取りした結果、なんとTVのリモコンを手元によこせ!事業所のヘルパーさんが忘れて帰ったらしい。

 連れ合いと二人ほっとするやらあきれるやら。連れ合いが「もうっ」と怒ると声をあげて笑う代表であった。

 ついでに水分補給もして外に出ると、生活支援センター苞のTさんがやはりお連れ合いと到着したところ。誰だってTVのリモコンとは想像つかないよね。


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 今日は「みんな一緒だ!共に学び育つ―就学・進学相談交流会」。 

入学と同時に支援学級に入ったが、おむつも取れてないのでお母さん付き添ってください、ここの支援学級には暴れる子が二人いてお宅のお子さんに手をかける余裕がないので、と言われ一日中付き添っていた。いまも長い休み時間に排泄の世話のため学校に行くという母。

 「おむつが取れれば付き添わなくていいですよ。」と学校。

 それを聞いていた通常学級に通う5年生の子のお父さん、「うちの子もおむつですけど。付き添いはしてませんよ。クラスの子がトイレの世話をしてくれます。」

 またやはり通常学級中2の子のお母さん、「うちもおむつです。付き添いはしてないし、介助員も求めてないけど、中学になったら学校が勝手につけました。いっそのこと、付き添いをしなくちゃいけないのなら支援学級にいる意味ないから、通常学級に移るって言ったらどうですか。」と。

 「その子に合ったきめ細かい教育」とか言われるけれど、けっきょくはいろんな子や大人の中にあたりまえに一緒にいることが、その子に合った教育をみんなで創りだす条件なんだよね。あらためて確認!

 (誤解しないでね。子どもたちは決してやさしくはない。いじめる子もいれば、興味本位の子もいるし、無関心の子もいる。いろんな子がそこにいるから、けっきょくはその間で折り合いをつけてそこにある問題を、(そこにいる大人もひっくるめて)クリアーしてゆくもんだというにすぎない。そこが重要!)

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GH・CHテレサの勉強会。今日は講師を招かず参加者の近況報告中心に。

 県の制度すら適用されないままに発足した20年前。精神科病院の職員たちの「地域へ」という思いからのスタート。

 当初は公団の団地内の分譲住戸だった職員の自宅を利用し、ひそやかに。

 間もなく入居者の一人が窓からごみを捨てたり、風呂掃除を真夜中にして階下を水浸しにしたりするなどの近隣トラブルで存在が「発覚」し、知人の管理事務所職員に間に入ってもらうなど関係修復に努め、しだいに共同の清掃などにも加わる。なし崩し認知。カミングアウトなし。

 その後、2ヶ所住戸をひろげる。この間に団地や近隣ニュータウンの高齢化、過疎化という新たな環境の広がりが障害者たちの共同居住を目立たないものにした。下の写真はテレサ今春の花見風景。

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 半面では入居者及び関わる者たちの高齢化の同時進行で初心としての「地域へ」の思いが「小さな施設」で収束してしまわないかとの焦りを伴いつつ、近くに開設した事務所や農園などへの入居者の参画に取り組んでもいる。

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