共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 「地域と障害―しがらみを編み直す」 農村医学の立場から

<<   作成日時 : 2012/01/29 22:57   >>

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わらじの会編著「地域と障害―しがらみを編みなおす」 現代書館(四六判並製 404ページ・税込み3150円)を、一昨年春に出版した。その書名からしておわかりのよう、このブログは本の出版を半年後に控えた頃、本という形式では伝えきれないものを、個人の雑記帳のような形式で伝えようと思って立ち上げたもの。…というのは、今だからそう言えるので、当初はイベント告知をメインにして、そこへ来てもらうことで、文字化できない部分を体感してもらおうと思ってブログを始めたという程度。

 ブログ読者のみなさんで「地域と障害―しがらみを編みなおす」を読んでおられない方には、ぜひ一読をお勧めしたい。そんな思いを込めて、これから時々、この本の出版に寄せられたお便りを紹介してゆく。
 まずは、筆者の大学時代のクラスメートから。ちなみに筆者は、大学を除籍になっている。冒頭の写真は、南信の瑞牆山(ごつごつした山)を金峰山から見たもの。うしろに見えるのは八ヶ岳。このクラスメート・藤原くん(と呼ばせてもらうが)の故郷・長野県南佐久郡川上村は、瑞牆山、金峰山に抱かれた里。昔、わらじの会の夏合宿等で彼のおじさんが経営する野辺山の山荘にお世話になったこともある。
 藤原くんの文章は、筆者のイメージを過大にふくらませていてこそばゆいが、かっての悪友(?)仲間の身びいきも含まれているものとして、そのところは割り引いてお読みいただきたい。

                                                 
拝啓
 今年はいつまでたっても気候が不順で落ち着きませんが、お元気でご活躍のことと思います。
 この度は、素敵な著書をお送りいただき誠に有難うございました。障害者、地域、しがらみ、社会、制度、人間について考えさせられる、深い洞察と示唆に富んだもので大変感動を覚えました。

 学生運動、社会改革に身を投じた山下君がなぜ障害者と向き合って、本来の社会のあり方を追求し社会の再生を模索しているのかに大変関心がありました。
 深く物事を考えることが苦手で、哲学、歴史、文学に疎い自分は最近になって若い頃の研鑽の甘さを悔いているところです。最近は遅ればせながら人間の生き方、社会のあるべき姿にも関心を深めながら少しずつ努力しているところです。そんな折、貴兄の著書に接し、地域や社会のこと、人間の生命などについて考えさせられました。貴兄が社会改革の理念と人間愛(ヒューマニティー)を追求し続けている姿に改めて敬意を表します。

 私も現在、日本農村医学会の理事長を務めていますが、元々信州の山奥で育った自分は、自然、村社会、農村、農業にも関心は持っており、現在の社会に必要なものは農村社会、農村の再生であり、自然保護であり自然との共生であると思っています。
 農村医学は私の地元佐久において東大を赤狩りで追われた若月先生が千曲川のほとりで佐久総合病院を立ち上げ、医療と社会運動とを一体化させて創造したものです。貧しい信州の農村に医療を浸透させるため、往診、検診活動、演劇による啓蒙活動などを展開してきたのでした。彼は投獄生活も送っており、若い頃の共産党員としての「転向」を恥じている部分もあるようでしたが、人間性に満ちた偉大な人物でした。
 
 私は現在の農村医学を「包括的地域医療」への取り組みと定義していますが、農村の視点は忘れないようにしています。 しかし、「地域」、「地域医療」の捉え方は漠然としていて、人によりその解釈がまちまちであり明確に定義することがなかなか難しいと感じています。

 貴兄が、地域とは、@地区;行政地区、学区、A地域;コミュニティー、共同地域、であると一般的定義を述べた上でさらに深く掘り下げて問題提起していることには興味を引かれます。地域とは、一般に、都市と地方、都会と僻地のように対比して使っているようですが、「しがらみ」に支えられたコミュニティー、人間の存在が生活が息づいている共同地域と捉えることなのでしょうか。
 地域医療というとき、一般には「僻地医療」ととらえられているようですが、住民に密着した地域で展開される医療という捉え方をする入もいますし、都会に対応する地方の医療とする人もいるようです。

 「しがらみ」の考察は大変奥深いと感じました。 しがらみは「柵」であるとは気付きませんでした。流れを変える、堰き止める、変化を与える、迷惑をかける、憎しみあう、愛し合う、断ち切れない縁のようなものがしがらみなのですね。確か百人一首に「山川に風の架けたるしがらみは、流れもあえぬ紅葉なりけり」というのがありましたね。農村社会は多くの日本人の心に宿っているもので、村社会の共助、思いやり、相互扶助が、貴兄のいう「しがらみ」として生きている社会であると思います。

 地域について、地域と地域社会を区別し、地域としがらみ、迷惑と連帯、迷惑と闘争と共同、相互理解、コミュニケーションを考察していることには共感を覚えました。そして、しがらみは、人間社会の根底にあって、人生を豊かにし、人生を複雑にし、苦しく、楽しく、悲しく、嬉しく、幸せにも不幸にもするが、生き甲斐を作り出すものであるとの論点には感銘を受けました。

 私の郷里川上村は山に囲まれた寒村で閉鎖的な社会でしたが、村全体で社会を形成していて小中学校が社会の中心として存在し、運動会では村中が盛り上がり、和尚さんや、開業医の父などが社会の思想や知性を代表していたように記憶しています。千曲川が村の中心を貫き、や八ケ岳の勇姿がそびえる川上村の風景はいつも脳裏に鮮明に刻まれています。

 私の母は、当時村にいた知恵遅れの中年の男で「イツ」や「トラ」と普通に話をし、相手になって親切にしていたことを覚えています。 目つきは怖いし乱暴者で子供を脅したりで、子供の自分は怖くて近寄れなくて逃げたり避けていたものでした。母は、そんな男に仕事(巻き割りなど)を手伝させたりしては小遣いあげたりしていました。しかし、村全体の社会が彼らの存在を認めていたし、守っていたようでもあり、知恵遅れの人間が普通に生活できていたことを思い起こし、貴兄の話が郷愁と折り重なりました。

 しがらみ、障碍、苦悩、煩悩に満ちている社会(娑婆)で障害者とともに生きるという、自然体の壮大な課題に取り組む貴兄の姿を心に描きながら自分も一層の研讃に励まなければならないと新たな力を得ることができました。
 山下君の今後の一層のご健勝を祈念いたします。
                                                     藤原 秀臣(我孫子市)   

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