共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS なぜ どのように「分け隔てられない」ことをめざすのか 自立生活協会「巻頭文」に寄せて

<<   作成日時 : 2012/01/18 23:18   >>

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 筆者が編集責任者を務める社団法人埼玉障害者自立生活協会(坂本さとし理事長)の機関誌「通信」最新号(NO.161 2011年12月19日発行)の巻頭に書いた文章をご紹介する。写真は同協会と埼玉障害者市民ネットワークが昨年2月に開催した「障害者制度改革」埼玉セミナーから。
 この文章は、5月末に予定している埼玉障害者自立生活協会総会において、同協会が公益法人改革に伴い、一般社団法人として再出発する最終準備に入ることに寄せて書いている。

 この公益法人は、自立生活・共育・共生、差別糾弾などをめざす県内の弱小団体がひとつの束になることにより、自治体への発言力や既存施策の活用等をめざすために設立されたが、自治体施策の活用については個々の地域団体が、弱小ながら先駆的な活動実態や他階層との連携などをバックに、個別に実現していったことと、全県的活動の積み重ねにより、県レベルで共育・共働・共生の分け隔てられない地域を目指す団体としての独自のポジションを形成してきたことを前半で述べている。
 そして、後半では、この分け隔てられない地域・自治体を求める活動こそが、協会の最も重要な目的であり、今後は一般社団法人として第2期をスタートさせると述べる。

 ここで特に強調しておきたいのは、「分け隔てられない」ということの意味について。障害者基本法改正にも盛り込まれたが、総合福祉法・骨格提言ではあまり明確でない。

 「分け隔てられない」ことをめざすのは、社会の現状が限りなく分け隔てられる方向に突き進んでいるからであって、けっして「昔に帰れ」と求めたり、「健常児と一緒にいると刺激を受けて言葉が出る」とか、「クラスの子がやさしくなる」とか言いたいわけでは決してない。

 総合福祉法・骨格提言では、「他の者との平等」が前面に出されているが、これと「分け隔てられない」ということとは意味が違う。「平等」とは「差別がない」ということであり、差別があることに対して、差別をなくすことが必要になる。

 私たちが協会発足以来取り組んできた活動のかなりの部分は、差別をなくすための取り組みだった。だが、差別は差別構造として、社会の本体をなしている。差別をなくすことは、差別されていた者に、新たな権利を付与することである。権利を付与するとは、障害者自立支援法の場合でもさんざん思い知らされたように、権利を付与されるための資格要件を定め、個々人がその要件に合致しているかどうかを評価する手続きが必要になる。権利の付与のために、ある特定の要件に合う人々をくくり出さなければならない。そのことにより、権利のある人とない人が分け隔てられる。虐げられ、抑圧された人々の闘いが無数の犠牲を出してやっとのことでささやかな権利を獲得するにいたった後、今度はその権利の有無によって人々の間に階層が分化し、つながりが分断され、差別j構造が複雑になって行くというくりかえしである。

ただ、そうした地域社会にがんじがらめにされて、あるいは差別された後排除されてきた、そういう実感を抱きつつ孤独と不安の極から、やっと自分らしく生きていいんだと思えるようになり介助や援助を使って自立生活を始めた人などからすれば、「分けるな」とか「共に生きよう」と言われることが自分の権利行使の妨害だと感じてしまうかもしれない。そうではない。それぞれが「自分らしく」を求めつつ生きている。それらは互いに共鳴しあう要素もあるが、矛盾する要素もある。それらを伝え合い、常に関係を再生したい。

 制度が整備され、自立生活センターや他の事業所があちこちにできた今日では、自立生活センターとそこから介助者の派遣を受けている障害者の関係も、他の事業所とそう変わらなくなり、障害者が介助者を代えてくれと気軽にセンターに求めてくるとよく聞く。かなり長時間入っていた介助者にとっては、生活が成り立たなくなることもある。昔制度がなかった頃は、駅や大学で介助者募集のビラを配り、何千枚、何万枚もまいて、やっと出会った介助者を、障害者本人が育ててきた。そうやって育てた介助者に続けて関わってほしいから、制度要求もがんばってきたという歴史がある。制度が拡充され、介護報酬が増えてきたため、介助者をハローワークで募集する自立生活センターも増えている。そんな状況の中で、役割が固定化されることは、自立生活を孤立生活に追いこんでゆくだろう。

 「分け隔てられてゆく」その経過の中に、私たちの差別をなくし、権利を獲得してゆく運動も組み込まれていると痛感するからこそ、「○○障害者の権利」というだけでなく出来る限り「障害」という土台もこえてより広い土台の上で「権利」を考え合ってゆきたい。義務教育や高校教育や町工場や地域で、これまで障害の有無を超えて一緒に生きて来られた関係を、できれば新たな社会状況の下で再生してゆくような取り組みはできないか。

とりわけ、「共に生きる」という考えをもって行動するということよりも、好むと好まざるとにかかわりなく、一緒に育ったり、働いたり、暮らしたりしているからお互いのことを知り、考えざるを得ないという状況こそもっとも重要だということ。

もちろんそこには差別がある。しかし、差別が身近な関係としてあるから、身近な関わりの中で考え、行動してゆける。
さまざまな人々が一緒に動きながら、試行錯誤し、ブレーンストーミングしながら考えてゆこうよ。……「分け隔てられない」ことをめざすというのは、そういうことである。

 ということで、以下「通信」の巻頭文である。現在パブコメ募集中の第3期埼玉県障害者支援計画や全国の市町村でやはりパブコメをやっている第3期障害福祉計画にもふれてい。ご参考まで。賀状代わりに、ブログに転載する。下の写真は埼玉県庁。


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ありがとう!さよなら!公益法人としての第1期
 年が明けましたが、昨年の3.11は依然として私たちの頭上にぶらさがる剣として、そこにあります。この剣は3.11の以前から、ずっとそこにあったのだと、今では多くの人が気づいています。
そうした実感を抱きながら、昨年5月、当会は第19回定期総会と記念シンポジウム「引き裂かれた世界からの旅立ち―学校・地域・職場から いま」を開催しました。引き裂かれた世界とは、パンドラの箱が開いた世界のことです。その世界の末端を構成する学校、地域、職場では人と人がたえず分けられており、多くの場合分けること・分けられることを受け入れ、時には必要とすら感じています。その実例を出し合い、肯定、否定、疑問を投げかけ合いました。

当会の歴史と再出発の目的

 当会は公益法人改革の中で、県に認可された社団法人としての組織から、誰でもすぐ設立できる一般社団法人としての再出発の方向をとろうとしています。それでも組織として継続すべき独自の内容をもっているのか、自らに問い直すべき時だといえます。

当会は、障害者自立をめざす街づくり、障害者差別糾弾、共に学ぶといった三つの活動が合流して1992年に設立されました。社団法人の認可を取ったのは、地域で自主的に取り組んでいる生活づくり等を認知させ、公的助成も獲得しようと考えたからです。

 しかし、地域生活支援事業や相談事業、共に働く事業所などは、会に関わる個々のグループがそれぞれの地域で多様な形で実践してゆきました。地域で生き、事業運営を含めて活動していると、地域で共に活動している人々が、障害の種別・程度や有無で分けられることや、能力によって福祉と就労とに分けられること、また障害者は利用者、職員は健常者として分けられてしまうといった不条理をつきつけられました。また、障害者が大人になってから地域に参加しようとしても、ほとんどの人が障害者とのつきあいなしに大人になったため、互いにうまくつきあえないといった問題も見えてきました。
 その結果、当会の役割としては、アンテナショップかっぽを唯一の例外として、こうした地域での事業を運営する団体や個人をつなげ、情報交換や共同研究を行うとともに、県に対して他団体と協議しつつ、分けられない地域を創って行くための提言を行ってゆくことが重要になってきました。

 2001年の障害者職業開拓推進事業は、県内の主要な障害者団体が、それまで福祉の対象者とされてきた人々も含めて、地域で共に働くことを進めて行くために何が必要なのか、企業、福祉施設、自治体、学校等を訪問調査する事業を共同で請け負い、その後の就労支援センターの素地をつくりました。これは、それまで5年間にわたって西部地区8市を舞台に進められてきた国のモデル事業の県レベルの会議で当会が提案してきたことに、他団体や県が賛同して実現した取組でした。こうして他団体・県が一緒に動いた結果として、2003年には県の障害者計画に初めて「分け隔てられることなく」を盛り込むことができ、それを記念する他団体と共同の全県集会も開催できました。

分けない地域・自治体求める 協働と連帯の第2期法人へ
 この時点までの県・市町村は、国の措置制度の下請けをしつつ、措置制度からはみ出した地域の人々の試みを、単独事業で支援してきました。しかし、2003年以降、措置制度が消滅し、必要な基準を備えた民間事業者が国の定めた報酬を得て支援事業を実施する仕組みに変わり、県・市町村がその事業を下請けする形になったため、この枠組みに入りきらない単独事業の実施は難しくなってきました。その中で、アンテナショップかっぽは、県内各地の福祉施設や在宅の障害者が職員や介護人の手を借りて、県庁内で働く事業として、きわめて重要な位置を占めています。制度利用を避けられない以上、ますます分け隔てられない地域を構築してゆく取組が大切です。当会を一般社団法人という形であれ、継続してゆく必要性はそこにあるといえます。

県・市町村の存在意義を問う第3期計画案

 いま第3期埼玉県障害者支援計画をはじめ、各市町村の第3期障害福祉計画のパブコメが一斉に行われています。県計画は伝統的に各分野ごとに「現状と課題」部分と「施策の方向」で構成されています。

 今回「現状と課題」について、障害者団体が委員の多数を占める施策推進協議会の意見を大幅に取り入れましたが、諸団体はそれぞれの権利主張に熱心なあまり、分けない地域をめざす意見は当会ほか少数にとどまりました。

 「施策の方向」はアンテナショップかっぽ支援と自治体ワークシェアリング(新)を除けば、相変わらず担当部局がタテワリで出した施策の寄せ集めに近いものです。県単事業については、生活サポート事業と全身性障害者介助人派遣事業は盛り込まれていますが、地域デイケア事業、生活ホーム事業は消えています。

  各市町村が第3期障害福祉計画案を作っていますが、県も含め「利用者のニーズ」と称してサービス提供事業者と利用者の市場での需給状況を後追いしているだけで、自治体としての基本姿勢は二の次という感じです。 また、国が3年間ですべてのサービス利用者及び地域移行者に対し、相談支援事業者によるケアプラン作成を実施するよう指示したため、相談支援事業のありかたが根本的に変わってしまうおそれもあります。

 ただ、第3期障害福祉計画の中間には、総合福祉法への転換が予定されており、大きな変革の期待もはらんでいます。

 とはいえ、総合福祉法骨格提言を見る限り、障害者基本法に盛り込まれた「分け隔てられることなく」の視点があいまいです。障害当事者の権利を肯定的に位置付けるあまり、そのことを通じて分けられることへの対応が乏しいと感じます。悪名高い障害程度区分を廃止する代わりに、ケアプラン提出をもってする方式も、「ニーズ中心」との限定がなされているにせよ、第3期障害福祉計画と同根の問題を含むのではないでしょうか。

 私たちは問います!県・市町村は何のためにあるのか?自治体も、住民ももっと考えよう!今年もよろしく。

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権利と平等と排除と共生と
これまで3回のエントリ(「新たな分別(ぶんべつ)」「反・反差別論」「とりあえず共に生きる、という意味」)で、障害者を取り巻く施策の充実や差別をなくす方向に進むにつれて、逆に障害のある人とない人が分け隔てられてきていることについて書いてきました。 具体的には ...続きを見る
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2012/01/25 18:19

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