共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS あふちの木をきり 県立大学清透祭のわらじ放送局CAFEへ

<<   作成日時 : 2011/10/31 00:32   >>

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このところイベントや会議続きだったが、今日は久しぶりに時間が空いた。山歩きに行きたいところだが、ちょっと寝坊もしてゆっくり過ごすことにした。
 昼ごろから筆者の暮らす谷中耳鼻科の黄色い部屋の前の庭に勢いよく茂っている栴檀の木を剪った。たまにしか剪れないから、なんでも思い切りよく剪ってしまう。丸坊主になったり、頭髪でいえば虎刈りのようになるので、耳鼻科に来た患者さんが、「あれはだれが剪ったんですか?」と訊くらしい。どうやらシルバー人材で植木の剪定をしているらしく、見ちゃいられないということのようだ。ちなみに今日は、下の写真のような仕上がりに。
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 剪り落とした枝を見たら、冒頭の写真のような実がたくさんなっていた。この実は「苦楝子(くれんし)」として、ひび、あかぎれ、しもやけに塗り、整腸、鎮痛薬として煎液を内服するという。また、 樹皮 は、生薬の苦楝皮(くれんぴ)として、駆虫剤として煎液を内服するという。「すべての薬は本質的に毒である」、アリナミンを告発したために、東大医学部で定年まで講師にとどまることになった高橋晄正氏は、パラケルススの「毒は薬である」という言葉をひっくり返して、常にこう語っていた。その言葉の通り、この実は毒。生の果実7〜8個で致死量ともいわれる。でも、ひよどりやむくどりは、食べても大丈夫らしい。
 
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 今年5月中旬、初めて栴檀の花が咲いた(上の写真)。ある程度、幹が太くならないと咲かないのか?栴檀は古来楝(あふち)と呼ばれてきた。栴檀という名は、この実を数珠玉にすることから、千珠(せんだま)と呼んでいたので、そこに中国の語をあてたといわれる。栴檀は双葉より芳しの栴檀は、白檀のことだそうな。

 妹(いも)が見し、楝(あふち)の花は、散りぬべし、我が泣く涙、いまだ干(ひ)なくにも
 貧窮問答歌の山上憶良の歌。

 この木がなんの木なのか、筆者自身、花が咲くまで知らなかった。いつのまにか、庭に生えていた。
 ただ、この木と同じ木が、ずっと前から、目の前の安ノ堀のおよそ900m下流の岸に生えていて、その羽状複葉がなぜか気になっていた。その同じ木が、庭に生えてきたので、あれこれ図鑑で調べていたのだが、わからないままだった。ただ、鳥が運んできたのだろうとは思っていた。

 今年花が咲いたので、初めてわかった。この花は、南方熊楠が愛した花だということも、その頃たまたま知った。 「こうして目を閉じていると、天井一面に綺麗な紫の花が咲いていて、からだも軽くなり、実にいい気持ちなのに、医師が来て腕がチクリとすると、忽ち折角咲いた花がみんな消え失せてしまう。どうか天井の花を、いつまでも消さないように、医師を呼ばないでおくれ」 最後の床で、そう言ったという。
 南方熊楠記念館のある白浜・番所崎の樹林帯には、この栴檀がたくさん自生しているそうだ。

 本来は暖地の海岸近くに自生するが、都会の公園などにも植えられているらしいから、その実を鳥が食べて、徐々に運ばれてきたのだろう。鳥が食べてから排泄するまでは短時間で、たぶん数百mから1kmくらいじゃないかといわれる。何代、何十代にもわたる鳥たちのリレーで運ばれてきたと思われる。
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 この木が庭に生えてきたのは、十年以上前のこと。そして、筆者が900m下流のこの木が気になっていたのは、もう20年以上前からのこと。
 今年初めて、花が咲いて、実がなった。そのことが、震災や放射能とどこかでつながっているのか、いないのか。
 いずれにせよ、花と実がつかなかったら、いまだに「気になる木」のままだったにちがいない。

 黄色い部屋の庭や駐車場には、ほかにも鳥が運んできたと思われる木が生えている。けやき、しゅろ、くすのき、にわとこ。どれもひまがある時、バッサリと伐っているのだが、翌年にはたくましく枝を張っている。これも「地域で共に」なんだなと、しみじみ思う。

 駐車場はかって勢力を誇っていたセイタカアワダチソウがまったく姿を消した。たまに出ることがあるが、背は高くならず、清楚な姿だ。代わって、イネ科やタデ科の草が多くなり、その中に耳鼻科のプランターからリサイクルで移植した花の中で生き残ったペンタス、ガザニア、ラベンダー、ミント、キクなどが小さな群落を形成している。駐車場は、一年のうちに1〜2回草取りをする。「雑草」が多い中、よく見ると園芸種があちこちに咲いているという、面白い風景になっている。手をかけるわけでもなく、手を入れないわけでもない、なんとかやっている中での生態系の趣といえよう。
ちなみに、剪定を植木屋さん等に頼まなくなったのは、プロは木は形よく剪ってくれるのだが、足元の山野草を踏みつぶしたあげく、きれいに「除草」してしまったりしたことから。野草と雑草の区別は、自分でもその時々で変化するので、指示もうまくできないし…。

 木を剪ってから、県立大学の清透祭に昼飯を「食べに行った。わらじの会では毎年喫茶をやっており、毎年趣向を凝らしているが、今回は「わらじ 放送局 CAFE」。
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CAFEの中にサテライト・スタジオを模したガラス張りの小部屋があり、そこでパーソナリティーが障害者たちとさまざまなテーマでトークをくりひろげ、合間に曲を流すといった設定。(このガラス張りは、デイケア・パタパタの出入り口の戸をはずしてきて作ったらしい。)
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 そのほんのりおしゃれなイメージがうけたのか、けっこう人が入っていた。
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 ちなみに今日の「放送番組一覧」は以下だった。

11:00 松岡×藤崎 「吾輩は猫である」
11:30 由佳さんの「もんてん暮らし」
12:00 水上プロレス代表再び 「続・プロレス馬鹿一代」
13:00 野島久美子さんの「クミコのファンタジーライフ」
13:30 藤崎稔の「地域暮らし21年 B」
14:00 武蔵藤原の「ニュース・スクランブル!?」
14:30 藤崎稔の「地域暮らし21年 C」 

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