共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 「多様な働き方」めざす地域適応支援事業 ―深い井戸が昼間の星をとらえるように

<<   作成日時 : 2011/10/22 22:53   >>

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 写真は8月猛暑の越谷・県立しらこばと水上公園プール正面。朝からプールは家族連れや若者たちでごったかえしている。その人波の中で、花壇整備のグループワーク。
 越谷市障害者就労支援センターの利用者を主力とした「職場参加ビューロー・世一緒(よいしょ)」スタッフたちと福祉施設や院内デイケアの利用者・職員たちの共同作業によって、この正面花壇を年間を通して整備している。

 下の図は、このグループワークのしくみ。水上公園は、(財)埼玉県公園管理協会からNPO法人障害者の職場参加をすすめる会として年間業務委託を受けている。ほかにもふたつの事業所から業務委託を受け、それぞれグループワークを行っている。
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 福祉施設等がこのグループワークに参加してきたのは、もう10年間にわたって続けられてきた越谷市障害者地域適応支援事業という市役所等公共機関や民間の職場での実習事業への参加がステップになっている。そして、グループワークという形態自体は、世一緒での「一緒に仕事しながら考える」という独自のピアサポート活動から生まれてきた。それらをトータルに示すのが下の図だ。

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 このほど国の障がい者制度改革推進会議で、2年半後に完全実施をめざす総合福祉法の「骨格提言」が出された。

 そこでは、障害者自立支援法が、「就労」や「地域移行」を打ち出しながら、現実には「できる」障害者を職場や地域へ後押ししつつ、全体としてはさらにきめ細かいふりわけのシステムに陥っていったことに対する深刻な反省が踏まえられている。具体的には、能力別、要介護度別に分け隔てられた施設体系を、労働法規の適用がなされる「就労センター」と就労支援から社会参加支援、作業、創作活動、生活介護など多様な機能をもたせうる、ゆるやかな場である「デイアクティヴィティセンター」の二つだけにするという。

 そして、箕面市からの提案を受けて、「社会的雇用等多様な働き方についての試行事業(パイロットスタディ)を実施しつつ見直しをしてゆくことも打ち出されている。

 まさに画期的な提言である。もちろんこの提言を受けて、省庁がどう動くかは別のことだが。ただひとつ気になることは、労働法規が適用になる社会的雇用と同時に、労働法規の対象にはならないがさまざまな障害者たちが一般職場で多様な形で働くことを受け入れる地域づくりとあらゆる福祉施設・院内デイケア等がそうした職場参加の支援拠点となってゆくようなイメージは、あまり語られていないことだ。

 
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 ないものねだりをしてもしかたがない。私たち自身が、越谷市障害者地域適応支援事業をはじめとする当地での「職場参加」の取り組みを発信してゆかねばならない。これは市役所が率先して、自らの職場等を提供し、就労の意思の有無は前提とせず、福祉や医療の利用者が職場を体験し、福祉・医療関係者も通常の施設・院内で支援するのではなく一般の職場や市民の中で支援するという、他では得られない体験の機会なのだ。

 通常、就労を掲げていない生活介護や入所施設、院内デイケアなどで語られる「社会参加」は、地域のイベントへの参加くらいで、職場への参加という発想はない。
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 だが、平日の昼間、稼働年齢にある多数派市民は、職場にいる。そして、職場のルールと秩序とスピードと価値観の中で生きている。もちろん、子育てや病気で職場を離れている人も少なくないが、いずれはパートという形であれ職場復帰したいと考える者もかなりいる。

 その職場のルールと秩序とスピードと価値観は、すべて障害のある人々をはずした上で組み立てられている。障害者雇用枠があるけれども、その枠はシルバーシートのように単なる「枠」であり、そこに腰かけられないような障害の人は座れない。だから、職場にいる他の人々は、「働く障害者」とはこういう人だというイメージを刷り込まれる。

 かつ、たとえ若者でも激しい長時間労働でからだがガタガタになっていて、とても電車の中で立っているのが苦しい状態の者からすれば、高齢だというだけで(だけかどうかはわからないが)、私にシルバーシートを譲るべきだといわんばかりに寄ってくる年寄りの視線は、とてもいらつくだろう。同様に、障害者に仕事を教える役を割り振られたパートさんは、なんでこのできない人が私と同じ給料なの?と、内心穏やかでない。

 いまほとんどの職場では、パートや契約社員が多く、正社員も異動が激しい。だから、職場の同僚同士、相手の暮らしが見えない。昔は「家庭の問題を職場に持ち込むな」と言われるだけ、互いの暮らしが見えていたのだ。暮らしが見えないから、職場のルールと秩序とスピードと価値観が基準になり、そこに合わない人は自分の足をひっぱる、めんどうな人に見えてしまいやすい。
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 そんな職場が想定外の人が、支援パートナーと組んで、職場と協議しながら、いろいろな働き方にチャレンジしてみるという、これまた想定外の状況設定で、地域適応支援事業は行われる。その中には、毎年、うんそうか、こんな働きかたもあるよね、働くってこういうことなんだよねという、いまの働き方を問い直すような経験も、少なからず含まれる。
 
 支援パートナーが書類をシュレッダーにセットし、器械が動き出すと、紙に洗濯バサミで付けられたひもがぴんと張り、ひもが手足が動かず、しゃべることができない実習者の腕をひっぱり、シュレッダーが作業を終えると、ひもの緊張が解け、ぶらんとする。万が一、シュレッダーが動かなければ、ひもはぴんと張らないままだ。機械の動きを監視するだけの労働もあることを考えれば、自らは動かなくても、働くことはできる。
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 いまの時代に働くことの意味の発見もある。ある施設から市役所に職場実習した自閉症の青年に、支援パートナーが職場担当者の名前を教え、出退勤の時には必ず名前を呼んで挨拶するよう話した。その青年は、これまで人の名前を呼んだことがなかった。家庭や施設での固定した人間関係の中では、名前を呼ぶ必要はない。だが、職場実習ではそうはいかない。この経験が、青年に、「人には名前があるんだ!」という発見の機会となったのだろう。実習が終わった後、まるで魔法を習得したかのように、施設職員の名前をつぎつぎと呼び、施設に小さな台風を巻き起こしているという。

 このように、地域適応支援事業の現場では、「解剖台の上のミシンと 蝙蝠傘の偶然の出会いのように美しい」(サルバドール・ダリ)、さまざまな共に働く体験が積み重ねられている。

 ただ問題は、一方で職場実習の受け入れ職場がだんだん増えてきているにもかかわらず、参加しようという施設等の数が減ってきていることだ。施設職員等をマンツーマンで送り出すことが、施設運営上だんだん難しくなってきているようだ。職員配置は前も厳しかったが、それでも日常的に施設の外へ出かける活動も少なくなかったから、なんとかやれていた。障害者自立支援法以後、施設が機能別に分類されたこともあり、就労移行支援など特定の施設以外は外に出る機会が減ってきた。
 
 そういう状況ではあるが、いっぽうでは、冒頭に紹介したグループワークについては、マンツーマンでなく利用者2〜3人に職員1人というクルーで参加でき、それなりの報酬が得られるということで、これまで地域適応支援事業は敬遠してきた施設等からの参加が徐々に増えている。
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 また、グループワークはその業務を発注する企業にとって、これまで別の事業者に委託してきた業務の受注先を、社会貢献の目的に沿った形で切り替えるということであり、企業としてのインセンティブという点で、今後広げられる可能性がある。また、先に述べたように、ピアサポートの日常活動としても期待しうる。

 このように整理してくると、今後の「多様な働き方」の展望が見えてきた気がする。すなわち、企業就労や自前の障害者雇用事業所運営はもちろんだが、同時にグループワークをすすめてゆくこと、しかしそれだけでなく越谷市障害者地域適応支援事業のような職場体験をさらに拡大してゆくことである。前三者だけだと十分に参加しきれないさまざまな障害者と支援者の組み合わせで、職場における発想の転換を推進してゆくのが地域適応支援事業だと考えられるから。

 以下は、最近発行した「職場参加ニュース NO.23」の記事の転載。
 
地域適応支援事業スタート   受け入れ職場増える
 
越谷市障害者地域適応支援事業による市役所や民間事業所での障害者の職場実習が、今年も10月から来年2月までの日程でスタートしました。
この事業は、福祉施設や精神科デイケア、支援センターを利用する人々が、その施設の職員等が支援パートナーとなって実習を行う点にひとつの特徴があります。福祉や医療に携わるプロフェッショナルといえども、その利用者と一般の職場で向かい合い、職場の人々と同じ場で一緒に働く過程に付き合う機会は、ほとんどありません。
いっぽう受け入れる職場の人々も、日常の感覚ではまったく別の世界の住人と思っている福祉施設等の利用者と職員が、お客様としてではなく、一緒に働く仲間として入ってくることは、ほかに例がありません。

 いわば福祉・医療と職場・地域、双方のノーマライゼーションというべきこうした事業は、ぜひ国が率先して広めてほしいものですが、総合福祉法の論議の中でもまだ取り上げられていないのは残念です。
また、自立支援法下で、効率性を重視した施設の機能分化が進んだ結果、職員が支援パートナーとして1対1で出てくるのが難しくなった施設も出てきています。

 しかし、今年度、実習受け入れに手を挙げていただいた職場が、昨年の25ケ所から33ケ所に大幅に増えたのはうれしいニュースです。
 参加施設等の数は、14施設から15施設へ、実習参加者は32人から34人へ、若干増えています。
今年度は、モデル事業を含めると11年続いてきたこの事業を、広く地域に発信してゆくための取組を、施設等が集まる会議で検討しているところです。


 初のグループワーク会議   多様な働き方を探る

当会が社会貢献をめざす企業等から業務委託を受けて、福祉施設等や就労支援利用者に就労支援センターなどを通じて情報を提供し、共同作業で仕事をしている「グループワーク」が三つあります。
県立しらこばと水上公園の花壇整備、こしがや希望の里の除草、シルバー人材センターの通信等発送準備作業です。それぞれ、(財)埼玉県公園緑地協会、こしがや希望の里保護者会、(社)越谷市シルバー人材センターからの業務委託です。
9月29日、情報提供の発信源となっている就労支援センターからの呼びかけで、このグループワークに参加している施設等や関心のある施設等に集まっていただき、初めてのグループワーク会議を開きました。
現状報告を受けて、参加施設等から意見を出していただきました。
 今年度から水上公園の散水を担当している施設からは、「これまで内職作業ばかりやっていたので、利用者も外へ出る日は喜んで参加している。」との報告がありました。まだグループワークに参加していない入所施設からも、外へ向けての作業がやりたいと思い、会議に参加したと述べられました。
 いっぽう、院内デイケアや精神の支援センターからは、毎日同じ人が通所する場ではなく、スケジュールは
月単位で決めるので、早めに連絡してほしいことや、職員が付かなくても参加できればという希望が出されました。
 当初から継続して参加している施設からは、年間の作業の終わりに「お疲れ様会」をやっているという報告や業務を出してくれている企業・団体と交流する機会も設けられるとよいという提案がありました。
 今後の展望として、年間を通した作業があればという話や共同受注センターのような組織を共同で作れればという話も出ていました


 そして、以下は、その職場参加ニュースをメールで送付した時に付けたお便り。

 ごぶさたしております。早春の大震災以後の社会は、かって青二才の私たちが世間知らずのまま危機感に駆られて描いた世界像をなぞるように、ますます闇を深めているなと感じられます。

 そんな「20世紀少年」の私たちが、次代に伝えてゆくべきものは、やはり、この闇をかたちづくっているのも、育ちあい、愛し合い、働きあい、暮らし合っている、人と人の関係であり、温かい血が通っているのだという実感と体験だろうと思っています。夜は明けないかもしれない。でもその夜は人々がごちゃごちゃと生きる夜なのです。

 先日、「共に学び・育つためのTOKO就学相談会」を開きました。相談に見えた方々のほとんどが、軽度発達障害といわれるお子さんの親でした。からかわれることいじめられること、からかうこと、いじめること、そこからしか「共に学び・育つ」ことができない現在があります。

 就労支援センターの関わっている企業現場でも、同じことを感じます。つい最近も急に会社を辞めたいと言いだした若者がおり、会社で調べた結果、からかいの対象になっていたことがわかり、上司を謹慎処分にし、社長自らも減給にし、本人を慰留したというドラマがありました。
 でもそれは小さな町工場の話で、障害者雇用のマニュアルを備えた大きな企業では、そんな負の出会いすら排除されているともいえます。

 だからこそ、初めから問題にもされず排除されてきた障害のある人々が、地域の学校や職場に、あたりまえに入って行くことの大切さが、ますますクローズアップされてくるのだと思います。

 国レベルの「障がい者制度改革推進会議」から、障害者自立支援法に代わる「総合福祉法」に向けた「骨格提言」が出され、「就労センター」と「デイアクティヴィティ・センター」といったゆるやかな新施設体系が盛り込まれました。併せて、かねて箕面市から提案されてきた「社会的雇用等多様な働き方についての試行事業(パイロットスタディ)」を実施し、その結果を踏まえ就労支援の仕組みを見直してゆくとされています。

 きわめて積極的な提言であると考えますが、ただ、社会的雇用の場を独自に作る一方で、地域の一般の職場に雇用の枠外の多様な形で入って行くことを進める施策も、同時に重要だと思うのです。そこがよく見えないことが気になります。
 ともあれ、これを機会に、あらためて、私たちの「職場参加」の取組を、あちこちに投げかけてゆかねばと思っています。
 一
 昨日の日曜日、ゴーヤのカーテンを降ろし、プランターにパンジーを植えました。
夜空に刷毛で書いたような雲がありました。
 深まる秋、皆様からのお便りをお待ちしつつ。お元気で。

 P.S.「闇」についてふれましたが、今日、「日本残酷物語 5 近代の暗黒」(宮本常一・山本周五郎・楫西光速・山代 巴 監修 平凡社)を読み返していて、「序」の末尾のつぎのような一節が目にとまりました。

「もっとも深い井戸が昼間の星をとらえるように、この暗黒の中にこそ、未来のもっとも見分けがたいかすかなしるしがひそむことを信じてよいであろう。」


 そして、筆者のメールに東北の障害のあるOLからのつぎのような返信(抜粋)…

 こちらは山もおいしそうに冠雪し、すっかり寒くなりました。

 今も毛布をかぶってパソコンを打っています。
今年もストーブなしで過ごすつもりです。
過不足なく暮らしていると、見えないままのものがある。
そういう意味で、賃金の安い障害者雇用は私に「見えない何か」を伝えてくれるのです。
経済的に恵まれたものだけがいいのではない。
幸せとはやはりお金では買えないものです。
傲慢さが鼻につく生き方をしなくてすみ、感謝を忘れず生きることができる。

今年もあと2カ月半。
気を引き締めて暮らす、つまり「生き抜こう」と思います。

私の働いている企業は障害者雇用率を達成したせいでしょうか、
ダイバーシティという言葉はもはや女性(の昇進)問題と同義語となり、
障害者のことなど忘れ去られてしまった感があります。

どんなに頑張って仕事をしても、またどんなに能力があっても、
みんながやりたがらない主流外の仕事しか回ってこない。
責任がある仕事も、勉強も、目立つ仕事もさせてもらえない。
すばらしい資料を作っても、それは命じた人の手柄。
いつも絶対表に出ない、ゴーストライター。
一番下の職位であるので、いじめの対象になりやすい。
命じられた仕事しかしてはいけないので、先を読んだ自主的な仕事も叱責の対象に。
出る釘は徹底的にたたかれるのです。
何より嫌なのは、仕事を監視されること。

でも、会社は「障害者もいきいきと働ける」「障害があっても会社内で成長」とうたう。
いきいきと働けません。成長するのは、障害があってもなくても同じでしょう。
それどころかそうわざわざ断ることが、そもそも障害者を区別している。

一目で障害者とわかる職位を作るのも間違いだと思います。

色々な人がいて、それぞれがお互いに助け合い、補い合い、働けるのが本当だと思います。
わざわざ区別して複雑にしていく必要などないのです。

本社ビルから石を投げれば、〇〇大学卒に当たる、と言われているそうですが、
学歴ばかりで中身がない人間のなんて多いことか!
どこかゆがんだ価値観を持った人が作る企業は危ない。

どんな仕事でも大事なこと。
いつも一隅を照らす仕事をしたい。
そう人事など会社内で言っていたら、今度は社長が同じことを言い始めました。
インクルージョンという単語を論文に書いたら、それも社長や人事が使い始めました。
(ただし、障害者問題とは全く別の意味で)
なんだか会社内で一生懸命に発言するのがモノマネされるようで嫌になってきています。

「もっとも深い井戸が昼間の星をとらえるように、この暗黒の中にこそ、
未来のもっとも見分けがたいかすかなしるしがひそむことを信じてよい
であろう。」
この文を読んで深く同感しました。

あやうく腐りかけた今日でしたが、この言葉ではっとしました。
一番下の職位でしか見えないものもある。
それを見届けていこう。


どんな人の上にも同じ空があります。
自然はどんな人にも平等だな、と思った今年です。

一生懸命に、そして全力で生きていきます。
 

 

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
>からかわれることいじめられること、からかうこと、いじめること、そこからしか>「共に学び・育つ」ことができない現在があります。
という部分には、疑問を感じます。「学び」などと、軽々しく言ってほしくありません。

現状では、非発達障害者と発達障害者との関係は、「宗主国と植民地」のようなものになっているからです。次にあげる2つの見解が発達障害者側に押し付けられることは、しょっちゅうです。

・からかわれたりいじめられたりする原因は、発達障害者側に(特に、ソーシャル)スキルがないこと」にある。だから、発達障害者側がそれらを身につけさえすればからかいやいじめの問題はなくなる。
・「非発達障害者の基準=普通」であり、発達障害者はそれにあうように、己を恥じて(←ここ重要)精進すべきである。そして、非発達障害者は(配慮・支援と称して)その手助けをする。これを続けていくと、発達障害者が成長していくのみならず非発達障害者の成長にもプラスになる。
ブス山
2011/10/23 02:04
 鋭いコメントありがとうございます。このような「二つの見解」がおしつけられる関係が成り立っていること、その通りだと思います。

 ただ、このブログで用いている「共に」の意味は「一緒にいる」という以上でも以下でもありません。ご指摘のような差別・抑圧の関係も含めて、同じ場面にいるという意味です。
 かっての青い芝は、自らがいまの社会において「あってはならない存在」として位置付けられていることに対し、自分たちを排除する社会に対し、「生きざまをさら」しつつ生きることを「闘争」とみなし、この文字に「ふれあい」というルビを振りました。このスタンスの前提は「街に出る」ということであり、「共に」とはそういう意味の前提でしかありません。からかいやいじめ、あるいは一方的な適応を強いられ、それを善とみなす社会のただ中に、共にいることからしか「闘争(ふれあい)」は始まらないのです。

 今日の状況は、かっての青い芝が向き合っていた隔離・排除型の差別・抑圧よりも
 、統合・分類型の差別・抑圧といった要素が増していると思います。今回のブログでご紹介している「東北の障害のあるOL」の例では、すでに特別な職名を付与されて分け隔てられているために、からかいやいじめの対象からも排除されています。
 
 
 
 
 
筆者
2011/10/24 01:15
(つづき)「軽度発達障害者」と呼ばれる人々の場合、従来は職人気質、学究肌、変わり者、無口等として地域の一人として認知されてきたのが、グローバリゼーションの中で市場の論理が社会を覆い、自己責任がやたら強要されるようになって、「障害」としてくくりだされてきたと考えます。

 ご指摘のような「二つの見解」は、障害の医療モデル・個人モデルとして、他の障害の分野では当事者運動や関係者の活動の中でかなり批判されてきたと思いますが、「軽度発達障害」の分野では専門家や親たちの強力な啓発活動に対し、当事者の声はあまり聞こえてこない状況で、こうした見解が広く流布されてきたと思います。

 今回のブログでふれた企業現場のからかいの例では、先輩や管理職がそれなりに謝罪したにもかかわらず、本人が辞めると言い続け、しかしその理由を言葉で説明できなかったことから、工場内で再三再四経過をふりかえったり、事情聴取をしたりした結果、先輩が教育や指導と考えていたことが本人にとってはいじめであったという状況が浮かび上がり、その本人にもいじめた先輩にも、関係を見直しながらい続けてほしいという意味を込め、その先輩を降格処分にするという経過をたどりました。この場合、本人のがんこさと口下手なことが差別と闘う「武器」になったといえます。そして、「闘争」とは「ふれあい」であり、日常的な出会いであり、親しいライバルの関係になって行くことが大切なのだと考えます。だからこそ、単なる啓蒙や告発で終わらせず、学校・職場・ご近所という、いやおうなしに顔をつき合わせざるを得ない関係の中での持続的な闘いが、障害のある人にとってもない人にとっても重要だと考えています。
筆者
2011/10/24 01:15
上の二つの考え方っていうのは…
「障害の無い人に合わせることができるようになる」とか「能力を伸ばす」とかいう「発達保障」の考え方ですよね?

でも、私の考え方は違います。そういうのって、とっても水くさい感じがするから。それに人に対して優しくないでしょ?
その論理でいくと、いつも障害の無い人が中心 っていうことになりますよねえ…

そういうがんじからめな考え方(=規定された障害観)って…障害のある人たちを息苦し・生きにくくしてはいませんか?

だからこそ…そんな「できる」とか「できない」とか「合わせなければならない」とか…そんなことをどがえしした両者を平等と考えるフラットな関係性が必要なんだと思います。

そのためにも、能力主義な教育観で形作られた今の高校入試制度は、どうにかしなければ。。

他県より
2011/10/24 01:24
すみません。
私が書き込んだ「上の二つの考え方」というのは
ブス山さんが書いておられる二つの考え方です。

やっぱり発達障害っていうのは結局は障害者を型にはめて息苦しさせてしまうそういう危うさがあるのだと思います。
うちの子は支援学級に在籍していた時期は卑屈な状態になっていました。なんででしょうかね?
それは「できない」「能力的に下だ」という烙印を押された生活を送っていたからです。
特別支援教育に関わっておられるかたは未だに言っておられますよ「障害を克服」って。。

そんなの全然優しくないです。人間、年老いて運動神経や記憶力なんかも鈍ってきて…
「それでも支援学級の先生・支援教育の専門家の皆さん、あなたはその低下した力を克服できますか?」って言ってみたいですねえ。

他県より
2011/10/24 01:39
 他県より さん、またコメントありがとうございます。「支援学級に在籍していた時期は卑屈な状態になっていました」と言えるのは、そのお子さんがいま高校に行って、関係を広げておられる実感をもてておられるからですね。特別な支援の場に分けられたお子さんたちの圧倒的多数は、その後のライフサイクルでも分けられた道からともにいる場へ戻ることはありません。一方通行の袋小路へ誘い込まれてゆく子どもたちが少なくない中、他県より さんのお子さんは数少ない生還者(サバイバー)ということができましょう。
筆者
2011/10/25 00:26

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