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zoom RSS 「理」抜きの毒りんご? ― そうです 劇団どくんごです

<<   作成日時 : 2011/09/15 00:55   >>

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月刊わらじの最新号(9月号)の表紙に載せた写真(下)とキャプションを紹介する。
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毒を「ン?GO!」 !ドクドク ンゴ!? 「理」抜きの毒りんご? あっ どくんご! そうです。どくんごです。深い地の底からやってきた奇蹟の群れ。能力や適性などはるかに超越したどくんご。時の流れを変え、次元をひねるぐらいは朝飯前。彼らは劇団どくんごと名乗って正体を隠し、テントで芝居をしながら全国を巡り、正義と真実の嘘を暴くため、日夜闘い続けているのです……

月刊わらじ9月号表紙の定番といえば、夏合宿の写真だが、今回はこれ。9月3日、4日の夜、北越谷駅前広場での劇団どくんご公演 「A Vital Sign −ただちに犬−」。わらじの会の有志たちが準備に協力し、最前列に車椅子が並んだ。1983年3月 埼玉大学・衛生短期大学演劇研究会を母胎として発足という同劇団。 1983年は谷中耳鼻科・黄色い部屋ができ、自立に向かってはばたく家準備会の店パタパタがその向かいにできた年だ。はるけくも来つるものかな。衛生短大はいまの県立大学の前身だ。

劇の終わりに近く、簡素な背景がしだいに取り払われ、現実の街が向こう側に見えてくる。役者が一人舞台から広場に走り出し遠景に消える。

 福田善之「劇(ドラマ)の向こうの空」(読売新聞社 1995.)に収載された「制度としてのドラマ」が書かれたのは1970年3月。「舞台表現の勝負は、制度的なものをどれだけ食いやぶれるか食いやぶれないかのたたかい」と、福田は書いている。

 同じく1985年に書かれた「ドラマが嫌い」では、「おそらく多数にとって、この世界はこれでいい。つまり、許された世界が、その上に『ドラマ』を載せているのではないか。それがわれわれの前に展開している『ドラマ』過剰の世界ではないか。」と福田は書く。

  「地域で共に!」

 だが、そのために拠点という仕切りを作り、制度を用いたりもせざるをえない矛盾を、わらじの会も背負ってきた。その制度を食い破らんと続けてきた、夏の交流合宿、多地域でのバザー品集め、ネット合宿、市町村巡礼…

 われも旅人、かれも旅人。


この冒頭の部分は、大昔の人気TV番組「スーパーマン」が始まるときにいつも流れていたフレーズをもじった。暗悪健太という俳優さんがおられたので。「彼はクラーク・ケントと名乗って正体を隠し、メトロポリスの新聞社・デイリープラネットの記者となって、正義と真実を守るため、日夜闘い続けているのです。」を思い出したのだ。

劇団どくんごのHPは→ http://www.dokungo.com/

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始まる前と終わりに縁日の夜店のような感じでグッズを売る風景もじんわりだ。久々にカリの獅子舞も現れ…
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