共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 能力・適性で分ける教育は 共に生き・共に働く社会につながったか?

<<   作成日時 : 2011/05/01 23:30   >>

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 冒頭のグラフは、「知的障害養護(特別支援)学校高等部、中学部、中学校特殊(特別支援)学級新卒者の就職者の推移」。

 小塩允護「知的障害養護学校高等部における移行教育をめぐる現状と課題」(独立行政法人国立特殊教育総合研究所「就労支援に関する研究」)所収の表に、筆者が2004年以降のデータを補う。小塩、筆者とも文科省「特殊(特別支援)教育資料」より。1979年の養護学校義務化以後の分ける教育の拡大が、いかに就職者を減らしてきたかが明らか。

 なぜこのグラフを作ったか?

 義務教育はもともと労働市場での労働力需要に応じて、質の均一な労働力を育てて送り出すシステムとして、世界史的に産業社会に定着してきた。そして、第二次大戦から戦後の産業構造の高度化の中で、さらに「能力」に応じて子どもを分けて育て、労働市場に送り出すシステムに成長していった。

 そして、高度成長期が終わり、終わりなき不況期に突入する中で、さらに変わって行く。日本の場合、この時期を前後して、都道府県がそれぞれに公立高校を増設し、すべての住民の子弟の希望に応えてゆこうとする。

 こうした過程で、1984年、文部省は高校入試選抜の基準を「その学校の教育を受けるに足る能力・適性」とした。これは1960年代からの「高校教育を受けるに足る能力・資質」という基準、すなわち高校教育を受ける資格として一律のハードルを設けた時代が終わり、学校や学科ごとにさまざまな高低のハードルを用意したよという高校ピラミッド時代の幕開けを意味していた。

 
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 ところで、 「能力」ってなんだろう?「適性」ってなんだろう?

 まず「能力」について。広辞苑によれば、「能力」とは、 @物事をなし得る力。はたらき とある。だが、「物事」とは何か?広辞苑は、「物と事。いっさいの事物。」としている。

 では、「物」とは?「形のある物体をはじめとして、広く人間が感知しうる対象。また、対象を直接指さず漠然と一般的にとらえて表現するのに用いる。」
 そして、「事」とは?「意識・思考の対象のうち、具象的・空間的でなく、抽象的に考えられるもの。」とある。

 要するに「物事」とは、森羅万象のすべてを指すといえるが、そのほとんどは、「なす」というよりも「なる」としか言いようがないのではなかろうか。もしかしたら、なし得たと思った物事のすべてが、巨視的に見れば「なりゆき」の過程でしかないのかもしれない。

 つぎに「適性」とは何か?広辞苑では、「性質がその事に適していること。また、その性質。」としている。そして「適性検査」とは、「一定の特殊活動に対して、どれほど適した素質をもつかを測定する検査。」と定義する。さらに「適している」とは、「うまくあう。よくあてはまる。かなう。」としている。

 こうしてみると、「能力」とは、その上に何かがついて「○○能力」とされる場合以外は、普遍的なイメージで用いられるのに対して、「適性」とはある特殊な物事に対応する限定的なイメージで用いられることがわかる。
 そして、上記「適した素質」の「素質」とは、「本来具有する性質 A個人が生まれつき持っていて、性格や能力などのもととなる心的傾向。特殊な能力などについていう。」とされる。

 以上を踏まえて考えると、教育関係者などがよく「能力・適性」という言葉をt使うが、その場合の「適性」とはある特殊な物事に対する特殊な能力を指すのだということがわかる。そう考えてみれば、ここにもさきほど「能力」一般について考察したことがあてはまる。すなわち、何かをなし得たこと、なしつつあることによって、それは個人が適性を有するためであるとみなされるのだけれど、それらもまた「なりゆき」の大きな過程を、我田引水的に切り取ってきたにすぎないのではなかろうかと。

 けっきょくは、「能力」が普遍的なイメージだとはいっても、それは「適性」とくらべて…というだけのことで、結局はその時代や分野の特殊な物事をなし得る力のことであり、それが個体の属性としてあるというイメージにすぎない。しかし、個体はそれぞれ孤立した天体としてあるのでなく、時代や分野の宇宙の中でさまざまな関係を取り結んで、全体を構成する部分としてある。
 
 高度成長期のモーレツ志向を経て、いまの長期不況期はトータル志向が流行りとなり、どこへいっても「つなぐ」、「結びつける」能力がもてはやされる。しかし、物事ははじめからつながり、結びついており、ただそのつながり方、結びつき方が徐々に変わってゆくだけだということ、そして人は存在するだけでつながりの要めとなることもありうるのだということが重要だ。

 
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さて、教育はもともと「能力」に応じて子どもを分けて育て、労働市場に送り出してきたが、高度成長期以後の30年は「適性」が加わり、「能力・適性」に応じて、よりきめ細かに分けてきた。それが、ここ30年の流れ。(写真は文科省への行動のようす)

 冒頭のグラフは、この30年を考えるひとつの指標。社会の一人ひとりの「能力・適性」に応じた教育が、みんなが共に生きる社会につながったかどうか考える材料になる。

 高度成長期の特殊教育は、「能力」により別学にして、それなりに安価でよく働く労働力として、愛される障害者に仕立て上げる教育だった。それが、養護学校義務化により、就学免除・猶予児も就学させ、普通学級や特殊学級の子の一部を養護学校に集め、高等部までの教育を施すことによって、就職をめざし高等部1年から職場実習する生徒と早期から親子で福祉施設づくりに努めるべき生徒へと、その「能力・適性」を見極めて教育するシステムに転換した。

 1979年に養護学校義務化が行われてから現在まで、特殊教育、いまの言葉では特別支援教育の対象となる障害児たちが、教育を終えた後、何人就職していったか、この30年の推移を追った。ただし知的障害児に限定した。というのは、この間、増えたのが主として知的障害養護学校だから。そして、なぜ就職者数を追ってみたかといえば、養護学校の目的とされる社会的自立・社会参加は、やはり就職として、いまも昔も想定されているからだ。

 ご覧のように、特殊教育・特別支援教育の対象となる知的障害児を見た場合、就職者数は減っている。かってとは比較にならないほど「就労支援」が叫ばれ、関係機関との連携が進んでいるのにだ。
 
 なぜなのか?考えられる原因はひとつしかない。地域から切り離されたことである。
 かっての中学特殊学級は、基本的に就職をめざす場だった。担任は地元の事業所や家庭との連携を密にして、就職に全力を注いでいた。いまは、ほぼ養護学校高等部へのステップとしか考えられていず、高等部は広域を対象としているため、事業所や家庭との関係をつくりにくい。
 さらに、かっては乏しかった福祉施設という受け皿が地域にたくさんあり、就職に困難を抱えそうな生徒については、高等部1年からむしろ施設とのつきあいをつくるよう勧められる時代状況になっている。

 
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 このグラフは、「知的障害の生徒の卒業後福祉施設利用者等数の推移」を示すものだ。やはり、小塩允護「知的障害養護学校高等部における移行教育をめぐる現状と課題」(独立行政法人国立特殊教育総合研究所「就労支援に関する研究」)所収の表に、筆者が2004年以降のデータを補ったもの。小塩、筆者とも文科省「特殊(特別支援)教育資料」より。

 1990年代以降、福祉施設利用者が増え、その後横ばいになっており、福祉から就労への移行等が叫ばれようとも、福祉施設に出てゆく卒業生は減っていない。

 教育で分けたのは、社会の成員がそれぞれの個性を伸ばし、共に生き・共に働く社会をつくるためだったはずだが、結果はその逆だったのだ。


 

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