共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 県教育局へ 抗議と申し入れ…そしてお礼 英樹くんは後期募集受けず

<<   作成日時 : 2011/03/06 22:40   >>

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 3月24日、埼玉県公立高校前期合否発表の日、6年間にわたって「共に生きたい」と高校の門を叩き続けてきた吉井英樹くんが、日高高校でまたも切り捨てられた。いっぽう今春中学卒業予定の松森彪留くんは、クラスメートたちとともに吹上秋桜高校に合格した。

 この24日の行動報告を、できる限り臨場感伴うかたちで、みんなに送ろうと書き始めたが、書いているうちに、3月に入り、後期募集の受け付けがあり、4日には後期の入試が行われた。吉井英樹くんは後期に出願しなかった。このことを、予め、お伝えしておく。

  出願しなかった理由は、今回はもうこれ以上教育局・高校の茶番劇につきあい続ける義理も、そして体力もないということだろう。校長や主席が大喜びしていることと思うが、闘いは続く。
両親もそう宣言しているが、英樹くん自身、生きるために闘い続けなければならないことを、高校、教育局から骨身にしみるほど教わってきた。
「障害による不利益がないように」という「配慮」の名の下に、受験生の一人としての権利を足蹴にされたことについては、復権を求めて行く。また、この事態の根っこにある「高校はその教育を受けるにふさわしい資格がある者が行くところ」、「障害のある生徒には社会的自立できるように分けて教育するのがよい」という基本的な考えをよしとしている県・国に対し、「どの子も地域の公立高校へ」と大きく舵を切るよう強く求めて行く。

 校長も、主席も、せっかくの出会いだ。もうすぐお役御免と思ってほしくない。これまで以上にしっかり向き合ってほしい。聞き流して終わりにさせたくないから、ここに記録して公開する。

 さて、前回のつづきである。
日高高校校長に抗議と申し入れをした私たちは、つぎに県教育局へ向かった。県庁ではどの子も地域の公立高校へ埼玉連絡会の斉藤尚子代表と昨年県立大宮商業高校定時制を卒業した息子・晴彦君らが待っていてくれた。
そして、4時過ぎ、教育局交渉の代表である高校教育指導課・工藤主席と窓口の遠藤主事に対し、吉井くんの件での抗議と申し入れ、そして到着した松森くんと母・美幸さんから合格の報告とお礼を述べた。

 筆者は日高高校校長との話を手短かに報告した。「吉井くんとコミュニケーションを成り立たせ、障害による不利益を解消することはできていないことを認めながら、逆にそういう力が高校にはないから受け入れられないと、まったく矛盾したことを言いだした、指摘すると向こうもうーんと唸っていたが、時間切れだと言って出かけて行ってしまった。試験という短時間ではコミュニケーションが成り立たなくとも、入って1ケ月もすればかなり通じ合えるはず。これは県の指導しだいだと感じた。

神奈川県教委は、現場の高校にしっかりと受け止めるよう指導したから、今回も2.3倍もの高倍率の高校に知的な障害のある生徒が入ったという。前回、倍率が出ているのにそんなことをしたら他の生徒が黙ってないでしょうと主席が言ったが、神奈川県では障害のある生徒を積極的に受け止めて行くことが公正な選抜だと認められている。なぜ埼玉ではできないのか。
でも、その前に松森くんが来ているので、松森くんから。」

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松森くんが照れくさそうにしながら、しかしはっきり言った。「ぼくはこのたび、吹上秋桜高等学校に合格しました。みなさん、僕のために支援してくれてありがとうございます。」
緊張した空気がゆるんだ。こういうのがいい。緊張しっぱなしではなく、あれこれの日常があったほうがいい。

 松森くんについては、どの子も地域の公立高校へニュースの新年号で、竹迫さんがこう書いていた。
「松森彪留(たける)(鴻巣市吹上)くんは、地元の小中学校の普通学級で学んできました。小学校ではプールに入ることや行事の付き添いなどで学校の理解がなく悩まされましたが、中学校での教員の対応は柔軟で、ほとんどみんなと一緒に参加することができました。車いすでの登下校で顔見知りの人も増えています。
 おかあさんの実家から近い吹上秋桜高校を受験します。皆さんの応援よろしくお願いします。」

 
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彪留くんは小さいころから、埼玉障害者市民ネットワーク主催の総合県交渉に、母・美幸さんや妹と一緒に毎年参加して、いつも発言してきた。
写真は、2005年の総合県交渉。彪留くんがしゃべった後で、お母さんが補足しているところ。この写真が載った「TOKOニュース」では、筆者がこう説明を書いている。「現役の小学生と中学生から、学校からは親が付き添えとか特別な場へ行ったらどうかと言われるけれど、みんなと一緒に学びたいんですといった発言があり、拍手を浴びました。」このとき彪留くんは、小学3年生。

ちなみに、この時の要望と県の回答は以下の通り。
「小中学校の普通学級において、校外学習や宿泊学習の度に保護者の付き添いを求められ、家庭の事情で付き添いができず休むことになったり、介助員の付かない日はプールに入れないと言われたり、介助員がついているにもかかわらず、みんなが走るマラソンコースと違うコースにされたりといったことが起こっています。このような事態は、障害のない子の場合、学習権を侵したとして大問題になりますが、障害のある子供の場合、あってもいいのでしょうか 」
「回答:通常の学級に在籍する障害のある児童生徒の指導に当たっては、一人ひとりの可能性や能力を最大限生かし生活や学習上の困難を改善・克服するために適切な教育的支援を行うという考えに基づいて推進しております。今後とも児童生徒一人ひとりの教育的ニーズに応じた指導支援に努めるよう市町村教育委員会に指導してまいります。(義務教育指導課)」」
母・美幸さんからは、吹上秋桜高校で受験直前に高等養護学校の話をされたことについて、今回校長から、あらためて誤解を招くような対応は申し訳なかったという意味の説明があったと報告された。そして、「障害があってもなくても、高校を受けたい気持ちは変らないんです。今回誤解だというなら、今後は面談などに際して、そんなことがないようにしていただきたいです。」と付け加えた。

松森くんは、一緒に受けたクラスメートから、その子が手作りしたお守りをもらっていた。それを大切に身につけて、受験した。そして、一緒に合格した。はるかはるか昔、孤独だった筆者の高校受験とは天と地のちがいだ。
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そして、ふたたび筆者から主席に問いかけた。
「松森君の場合は県もがんばってくれた。吉井くんは6年たっても、高校に行けない。主席も一定程度がんばってくれていると思うが、限界がありすぎる。教育長や知事レベルの話だと思っている。ざっくばらんな話、なんで埼玉ではこんなに進まないのか。ちょっとあまりにもひどいな、という気持ちだ。4年前、県議会でともに学び育つための環境整備というのが出ていたりしたが、教育局全体の流れが基本的に分ける方向で固まっている。松森君の話も偶然じゃないと思う。高等養護学校になぜ行かないのかという素朴な疑問が、教育現場に定着してしまう。相当大きな問題。主席は担当として責任を負わされている。上に報告もしているだろうが全然動きがない。何が壁なのか。」

主席の答え。「受験に関しては配慮していると思う。神奈川で今回合格した人たちの知的障害がどのくらいなのか把握できないが、実際問題として埼玉県でも知的障害の軽度のお子さんは普通の試験問題を受けて入っている。神奈川でも配慮していると思うが、こういう配慮はだいたい埼玉県でも行っている。学校でその子が受け入れられるかどうかは最終的に校長の判断だが、その判断は学校側の力量にもよる。校長はそれだけの責任を負わされてる。教員集団の力量を見て無理だと判断するかもしれない。」

筆者「今の話だと、障害が重いと高校で受け入れられないということになりますね。」
主席「軽ければほかの子供と一緒に出来るかも知れないけど、そういうのも全部トータルで考えるということですね、入試があるから。」

筆者「障害が重いということは、障害による不利益がそれだけ大きいということですよね。選抜要項では、その不利益はあってはならないということになっている。しかし、その大きな不利益に配慮する措置はやりきれない。それは本人の責任ではなく、学校・局の問題なのに、本人の能力・適性が足りないという話にすりかえられてしまう。それで、教育局は何をするんですか。教育集団の力量はどうするんですか。」
主席「研修など出来ることをやっています。そんなにすぐに解消できません。」

「『適格者主義』の考え方では、毎年中学校を卒業する生徒には二種類ある。一つは高校へ入学するに値する生徒、もう一つは入学するに値しない生徒である。……15歳の時点で成績の悪い子を、その時点でレッテルを貼って切り捨ててしまうのは、晩成型かもしれないその子の能力を、育てる前に踏みつぶしてしまうのと同じことではないか。当人にとっては不運・不幸この上ないことである。のみならず、それはだれの利益にもならない。社会にとっても損失といえるだろう。……端的にいえば、子どもはみんな能力が低いから教育を受けさせ、学習させて能力を高めるのである。それが教育の営みではなかったのか。子どもがはじめから能力が高いのなら、何も高校へなど行く必要はない。」(藤田恭平・毎日新聞の連載コラム「教師であるあなたへ」より:1991)

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ここで、かってわらじの会の在宅障害者たちが「自立に向かってはばたく家準備会」を作ったとき、私とともに谷中耳鼻科から介護人として派遣され、現在はわらじの会のほか、埼玉障害者自立生活協会や埼玉障害者市民ネットワーク等の裏方を務めている今井が、割り込んだ。

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「ここにいる藤崎さんは、武里団地で一人暮らししてるんですよ。彼は、前に電動車椅子でビデオ屋さんに行き、店内が狭いのであちこち車椅子でぶつけてしまいました。言語障害がきついので、意思が伝わらず、わざとやったと思われ、怒られて帰れと言われました。それで泣いて帰ったんだけど、その後何度も出かけて行って、ようやくアダルトビデオを借りに来たお客なんだと気づいてもらえたんです。そして、やっと見たいビデオを貸してもらえる関係になりました。
 
今回、英樹くんに付いた県の代筆者が、選択式の問題で4つすべてに○を付けてしまった、その根拠が、3年前の受験の際に介助人で入った沼尾さんがそうすべきだと主張したからそうしたという校長の説明を聞いて、ちょっと違うんじゃないかなと思いました。今日の校長の口ぶりでは、英樹くんが本当に入学したいという気持ちがあるのかどうかと疑っている気がします。6年間、そんなに嫌な試験でも、なぜ英樹くんは受けようとし続けて来たんでしょうか。  高校も県も、コミュニケーションということに関して、もっとも大事なところを蓄積してないのは問題だと思います。
公正を期するために受験生をあらかじめ知ってはいけないとか言いますが、毎年受けているんですから、むしろビデオ屋さんのようにきちんとつきあって、コミュニケーションを成り立たせるべきだと思います。そういう姿勢の積み重ねがないまま、配慮の措置を行ったかどうかという形式だけを積み重ねています。

基本的には先生の先入観に基づく評価が裏にあって、受け入れられないという気がしました。ちゃんと県の代筆者がくりかえして解答を確認したといいますが、英樹くんがそういうやり方で意思疎通できると考えたかどうか、その確認がなされていません。どう答えていいかわからないという意味ではなく、そういうやり方ではだめだよという意味で、英樹くんが沈黙したり、抵抗したりしていたかもしれません。そういう検証なしに、先生が評価を下してしまっているんじゃないでしょうか。」

これに対して、主席の答えは、「3年前にそういうことがあったのでそれを元に改善して、今回のような形になったとは聞いています。もし、回答した中で、ひとつなのか、4つなのか。そういうのを正解にしたらどうかというのを聞きました。でもそれをやっても合格のレベルには達していないというのは聞いています。」だった。
今井は、「点数の問題じゃないんですよ。」と主席に言う。(つづく)

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