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zoom RSS かっこ悪さの障害者解放―八木下氏の文章が「情況」に

<<   作成日時 : 2011/01/02 16:35   >>

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八木下浩一氏(写真右端。左端は青い芝の小山正義氏。)の文章が、雑誌「情況」2011年新年号に載った。

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太田修平さん、最首悟さんの文章と一緒に。

 八木下氏は、いくつか本を書いているし、「福祉労働」などの雑誌にもかなり書いてきたが、それらも含めて、昔から口述筆記である。また、あまり本を読まず、基本的に耳学問の人であり、必要な文章はだれかに音読させる。そして、今回は、わらじの会のお母さんたち3人と、それぞれ対談もしており、その記録も含めて、筆者が手伝った。
 このブログを読んでいる人の多くは、「情況」という雑誌を読む機会があまりないと思われるので、八木下氏の今回の文章を紹介しておこう。

 今回の文章を書くにあたって、八木下氏は、横塚晃一著(立岩真也解説)「母よ!殺すな」が生活書院から復刊されたので、その書評を書いてほしいという注文を受けた。周知のように、故・横塚氏は、全国青い芝初代会長であるとともに、八木下氏や関西の楠俊雄氏らと組んで、全国障害者解放運動連絡会議を設立し、その代表幹事を務めた。八木下氏は、横塚氏が志半ばにして亡くなった後、全国障害者解放運動連絡会議の代表幹事を務めた。

 今回の文章のタイトルは、 「かっこいい横塚さんとかっこ悪い私」 。これは、文章ができた後で、私が提案し採用してもらったものだが、両者の生きざまを対照的に表現したと思っている。

 そもそも出会いからして、ぜんぜんかっこよくなかった。
 
 「私が故横塚晃一さんと初めて会ったのは、たぶん1963年ごろだったと思います。当時の私は、チンピラとかやくざとつきあって、遊んでいました。22歳のころです。ゆすりやたかりなんかも、やっていました。そんなある日、私がうちにいたら、近所に住む姉の隣の家のお母さんが、ちょっとうちに来てくれないかと、呼びに来たのです。 行ってみたら、寝たきりの息子さんの周りに、何人も障害者が来ていて、会議をやっているようすでした。それが、青い芝の会議でした。息子さんは、どこで知り合ったのかわかりませんが、青い芝に入っていたのです。その中に、たしか、横塚さんもいたように思います。その後、その寝たきりの息子さんは、青い芝の連中の仲介で、施設に入り、そこで亡くなったと聞いています。」 

 要するにたまたま近所の縁で出会ったのだが、よくわからないままだったのだ。


 「それから、横塚さんたち青い芝の連中に誘われて、彼らの拠点である「久留米園」に連れて行かれました。びっくりしました。障害者ばっかりで。ほんとのところ、すごく気持ち悪くなりました。それから、和田博夫氏という医者がやっていた浦和整形外科にも行きました。あっちこっち連れて行かれました。事務所での会議にも参加しました。そういうところが、青い芝の拠点だったと思います。」
 「横塚さんたちがこもっていた閑居山のマハラバ村にも出かけて、三日か四日くらい泊まりました。和尚さんの話を聞きました。ああそうかと気付かされたところもありました。でも、ずっといる気にはなれませんでした。」
 

 というわけで、縁は重ねられてゆくのだが、共感というにはやや遠かったようだ。

 「そもそも、私の場合は、過保護のために、横塚さんのように、親と離れて養護学校の寮に入ったり、施設に入ったりするのが嫌だったのです。結果として、ずっと家族と一緒に、地域で生きてきました。   
 学校の問題は、別に青い芝がやって、そこに参加したわけじゃなく、私自身が考えて始めたのです。こうして、1968年に、私は川口市教育委員会と交渉に入り、1970年に28歳で小学校に入りました。
 この当時、青い芝では、学校問題に関し『俺たちは食うことで精一杯でそんな暇ない』と言っていました。」
 

 八木下氏の就学闘争は、かっこ悪さの集大成のようなものだったといえる。その「かっこ悪さ」は、その後も貫かれる。

 「1972年から大阪の河野秀忠さんの頼みで、関西に時々行き、「さようならCP」上映運動に参加し、講演や討論に協力しました。もちろん、映画の中に出てくる横塚さんや小山さん、矢田さんたちも、各地の上映会に参加して講演や討論をしていました。この上映運動は73年秋ごろまで、名古屋・東海、九州までにわたって行われました。その中から、自立障害者集団・グループ・リボン(後の関西青い芝の中心)、自立障害者集団友人組織・グループ・ゴリラ、大阪青い芝などが、つくられていきました。
 当時の私は、全国的に有名になっていましたが、地域へ戻ると、ぜんぜんかっこよくありませんでした。」


 というのは、いかに障害者運動ではヒーローであっても、小学校へ行けば、大人ながらもやはり小学生であり、小学生の「こうちゃん」は、厳しい担任にしごかれて、登校拒否になってしまうのだ。まるで、絵本に描かれたウルトラマンの日常のように。

 「私は、登校拒否をしている間に、川口に「障害者」の生きる場を作る会を結成し、代表になりました。
 夏休みには体調が直り、休み明けにまた悪くなりました。医師のすすめで、半年学校を休みました。
 私をはじめ障害者達が、若い人たちの応援を受けて市役所に座り込み、撤回させました。しかし次に市が出してきた方針は、生きる場を作る会の中心的な仲間である雨宮くん、山崎くんほか2名の障害者の主治医・和田博夫氏への委託案でした。和田氏は、患者である4人の切り崩しにも成功しました。これに対し、私たちは、2度の座り込みの末、撤回させました。
 この頃、芝小学校校内で、生徒に『浩ちゃんはいまこんな闘争やってます』というビラをまいてもらったことがあります。校長がびっくりして家に電話したので、母親が飛んできて『やめなさい』と怒鳴られたことがありました。懐かしい思い出です。」
 

 座り込みをやって、小学生にビラまきをさせ、母親に叱られる…「母よ!殺すな」の格調の高さとは、まさに天と地である。

 しかし、横塚さん自身も、社会のうねりの中で、少しずつ考えを変えてゆく。
 横塚さんは、八木下氏の就学闘争や荒木義昭氏の無免許運転の裁判闘争などを、当初は、 「健全者に近づきたいという精神構造からぬけだしていない」 とか、 「障害者を健全者がかつぎあげるおみこし運動」 などと批判していた。障害者は、「あってはならない存在」とされてきたおのれをみつめ、さらけ出すことから始めよということである。

 その横塚さんがついに、 「障害者が主体性を獲得していくということと、健全者が健全者として自己変革をしていくということは同様に重要な視点であり、双方にとっていずれか一方が欠けても成り立たないことなのである。」 と言い始める。それが、全国障害者解放運動連絡会議の結成につながった。

 八木下氏は書いている。 「たしかに私は過保護だったし、地域が怖くて、地域にもぐりこみたいと思って学校に入ったわけですが、そのことで子どもたちや親たちや教員や市などと、けんかしたりもしながら一緒に生きてきたのです。毎日生きることで、けんかをしてゆくべきだと、私は思います。」 

 下の写真は、私たちと一緒に1980年「スウェーデン福祉体験旅行」に団長として出かけた時のようす。坊主頭が珍しいと、障害のある娘さんになで回されている八木下氏。

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 横塚氏の 「障害者が主体性を獲得していくということと、健全者が健全者として自己変革をしていく」 という言葉を、八木下流に翻訳すれば 「障害者は健全者とけんかしなくちゃいけないが、けんかするためには一緒にやらなくちゃいけない」 という表現になる。

 ふたたび八木下氏の文章から。
 「私は、運動の仲間から、よく『親に甘い』と言われたりすることがありました。それは、親をあまり追いつめると、子どもにはねかえってゆくから、いわば殺される立場である私としては、そこまで親を追いつめたくないのです。親とは、けんかしながら一緒に生きてゆく関係でありたいと思います。私自身、いまも母親と一緒に暮らしています。そのへんのことを踏まえて、埼玉のわらじの会に関わりのある障害児者のお母さんたちにインタビューしたわけです。なお、3人目のNさんは、お母さん本人も障害があります。」

 3人のお母さんたちとの対談の見出しは、次の通り。

 
 ・首を絞めて変わった白倉保子さん
 ・殺されそうになった橋本ミツエさん
 ・両親に子どもを預けたNさん
 

 面白そうでしょう。そう思われた人は、雑誌をご購入ください。ちなみに、「情況」は「変革のための総合誌」と銘打たれ、八木下氏の文章が載った新年号は「尖閣諸島―釣魚島特集」(下の写真)。なお、昨年の7月号が「障害者解放運動の現在」と題する特集になっています。」

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「かっこ悪さの障害者解放―八木下氏の文章が「情況」に」について 一生懸命、就学運動の末に入学した小学校で不登校になるって、八木下さんは普通の小学生をやっていたんだと思った。 しかし、ビラまきするっていうのも面白いと思う。 年末に春日部ロビンソンの須原屋に注文しました。 ...続きを見る
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