共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS むかしもいまも しかたなくここで腹をくくることから―埼玉フォーラム・END

<<   作成日時 : 2010/12/04 14:24   >>

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やっと裏道に入ることができた。細い道になればなったで、不思議なことに、藤崎さんの蛇行は小さくなる。また広い道になると、蛇行が大きくなる。
ついに踏切が現れた。藤崎宅から武里団地へ行くためには、どうしても踏切を越えなくてはならない。この日はなんとか渡れたが、練習し始めてから何日か後に、前輪がレールの隙間にはまってしまい、筆者があわてて踏切内に入って引きずり出した。最も危険な地点だ。

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踏切を渡ると間もなく武里団地だ。団地入口の弁当屋さんの前で、藤崎さんが電動車いすを停めた。弁当を買いたいらしく、店の中に声を掛けているが、オ―オ―としか聴こえないらしく、藤崎さんはあきらめて動き出した。

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団地を回り込み、谷中耳鼻科へ向かう。

 
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途中、谷中小学校のフェンスに沿って進む。子どもたちが見ている。この小学校は、はばたく家準備会にも時々顔を出す障害青年・樋上さんの母校だ。
そして、やっと耳鼻科前に到着!迎える野沢代表。

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やったぜ!パタパタの前で。とてもうれしそう。

 初めのうちは、たぶん帰りは、筆者が車で送ったと記憶している。リフトカーなどなく、貨物用のバンに、ベニヤ板と金具で作ったスロープ。固定装置なし。

 こうやって、見守り介助者付きの自力走行をくりかえしているうちに、しだいに介助の筆者は自宅に迎えに行ってもすぐ離れ、最も危険な踏切で待っていることにした。やがて、それもやめ、また復路も自力で帰り始めた。そして、あの弁当屋さんは、藤崎さんの視線とオ―オ―の調子で、商売ができるようになった。

 といっても、スムーズにそうなったわけではない。
 故・寿江さんに、ご近所の主婦が、「稔ちゃんあぶないよ」と言いに来た。トラックがいっぱいの県道を、渋滞を引き起こしながら一人で走行しているようすを、目撃されたのだ。生命の危険と親としての保護責任を強く感じさせられた寿江さんは、もう自立に向かってはばたく家準備会に出ちゃだめだと言い渡した。

 藤崎さんは、手足にまひがある。着替えも、食事も、トイレも、もちろん車椅子への移乗も、介助を要する。家族が手伝わなければ、生きてゆけない。その藤崎さんが、口をへの字に曲げて、家族が口に食事を持って行っても頑として口を開けない。翌日も。翌々日も。外へ出てゆけないことは、生きられないということ。彼は青い芝を知らなかったが、そうやって生きざまをつきつけた。

 ただ、ここで必要不可欠だった条件は、つきつけられる相手がそこにいることだった。だから閑居山を下りて、街に出た青い芝の人々の経過は、やむをえざる結果だったとはいえ、必要ななりゆきだったのだ。そして、藤崎さんは、家族の中で暮らしていたからこそ、「母よ!殺すな」という叫びを街ゆく人々に投げかけるにとどまらず、具体的な行動として、家族の暮らしのありように迫ったといえよう。

 
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寿江さんは、筆者が介助者として常に同行し、事故や迷惑を避けて行動することを条件に、藤崎さんが出てゆくことを許した。とはいえ、藤崎さんの世界が広がってしまったこと、それと筆者ほど信用できない人間はないことを、寿江さんはよく知っている。心中察するに余りある。家に迎えに行っても、いったん出てしまうと、藤崎さんと示し合わせてしだいにまた離れて付くようになる筆者。家で待つ寿江さんは、夕方まで電話のベルに慄きながら待っていただろう。
 ちなみに上の写真は、1980年に筆者や藤崎親子が訪問したスウェーデンでのワンシーン。左の電動車イス使用の女子高校生のリッチなアパートに、同級生の女の子(右)が居候していた。中央の赤い上着が寿江さん。スウェーデンで目を開かされながらも、帰ってきた日本では、施設か在宅かのやせ尾根で一喜一憂しつつ歩くしかないと、寿江さんは感じていたろうか。

 
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あの11.14制度改革埼玉フォーラムで、子どもが入所施設にいるという親御さんが、こう言っていた。「推進会議の第1次意見では、障害者権利条約にある『特定の生活様式を義務付けられない』という文言を根拠に入所施設否定論が打ち出されているが、ヘルパーの専門性が高められなければ、施設を出ても、特定の生活様式を義務付けられる。また、重度の障害者は、ジグソーパズルのような支援では生きてゆけない。」

 30年近く前の藤崎さんの例では、ジグソーパズルのような支援すらなかったのだが、寿江さんの気持ちも、この親御さんとそうちがいはなかったろう。発言内容も、ある意味的を得ている。
 ただ、ちがうところは、そういう思いや考えをもちながら、しかたなしに家庭で、地域で生きているかどうかという点だ。
 しかたないから、とりあえず、地域を家庭なみにするために、筆者やご近所や市ともぶつかったり、折り合いを付けたりするしかない。そう腹をくくるところから発する自然エネルギーの有無なのである。
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