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zoom RSS 障害者制度改革埼玉フォーラム報告U―噴き出したホンネの深奥をたどって

<<   作成日時 : 2010/11/25 02:12   >>

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国レベルで障がい者制度改革推進会議の障害当事者たちが、国連障害者権利条約という画期的な「タテマエ」に沿って、この日本社会のありかたを問い直すべく「タテマエ」を貫き通した第一次意見をまとめたのに対し、埼玉フォーラムでは施設や特別な教育をなくさないでくれという地域の「ホンネ」が噴き出したことを、前回から見てきた。

現在の日本の障害者たちの地域生活の実態は、彼らの生きる権利の侵害だというような意味の発言が、この埼玉フォーラムで聞かれた。

たとえば、「障害者の生活をたかめる川口市民の会」は、次のように述べる。「入所施設は[地域生活]に反するという考え方は取らずに、大切な社会資源の一つであると認識し、必要なものは積極的に支援してほしい。[地域生活]は人権が守られる社会の大事な要素ですが、地域で生活していれば人権が守られているわけではありません。自宅で生活している高齢者のなかでも虐待を受けている例があります。」

 会場からも「地域では、さまざまな支援をモザイク状に組み合わせて生活が成り立つが、それでは私たちの子どもは安らかな暮らしができない。慣れ親しんだ人びとによる心のこもった支援が必要だ。」といった発言があった。

明らかに、論点がずらされている。

介助や援助や医療を必要とする人は入所施設で対応するしかないというこれまでの社会のありかたを、そうした人々も一緒に地域で生きてゆこう、施設入所を必要としない社会へ向かって、全面的に見直しを進めようというのが、推進会議の第一次意見である。めざすべき基本的な方向を、地域で共にというところに定めようということだ。たんに、地域生活と施設生活をハカリにかけて比較しているわけではない。また、「地域で生活していれば人権が守られている」などとは、どこにも書いてない。

以上は推進会議の意見への誤解の上に組み立てられた批判への反批判である。

 
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ここから先は、推進会議の第一次意見に対し、私たちが補うべきと考えている「分け隔てられない社会」に関わる問題提起だ。

 埼玉フォーラムにおいて、全国障害者問題研究会埼玉支部は、「現在の小中学校は、世界的に見てもひとりの教員が見る子どもの数が突出して多い。その中に障害児をただ入れ込むだけでは、問題は解決しない。」と述べている。そして、「最低でも1教室あたり10〜20人とし、障害のある児童が入学した際には、障害への対応ができる教員をその学級に配置する。また、支援のための看護師や、理学療法士など専門職を必要に応じて配置するなどの制度改正が必要となる。」と続けている。そういう条件整備なしに「ただ入れ込む」べきではないと主張しているのだ。

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 こうした意識は、1980年に私たちがスウェーデンを訪問した時、親たちから聞いた考えに近い。私たちは、川口市の小学校の普通学級に通う重度重複の障害を持つ故白子健次くん(写真)親子と一緒にあちこちを見て回った。
 当時、スウェーデンでは、ノーマライゼーションが進行中で、独立の養護学校が廃止され、地域の学校の中のクラスと同じ形で統合されていた。
 健ちゃんは、自分では車椅子を動かせず、片言しか発せないけれど、たくさんの友達と遊んだり、けんかしたりしながら、共に学んでいる。

 しかし、スウェーデンでは、せき髄損傷などの子どもは、アシスタントが付いて普通学級にいたが、健ちゃんのような子どもはもちろん、知的障害の子どもは、養護学校クラスにいた。知的障害の子の家庭を訪問した時、普通学級を希望しないのかと聞いたが、そうした希望は親たちにはなく、手話や特別な教材を用いた手厚い養護学校クラスの教育に満足しているようすだった。(写真は、養護学校クラスに通う娘さんの家で)
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 なにしろ、元来は、独立の養護学校にいたのが、地域の学校に統合されてきた、それだけでも国を挙げてのたいへんな改革だったのだ。

 健ちゃんは、幼いころ通園施設から幼稚園へ移った。そして、他の子どもたちと一緒に育ち、当然の帰結として近所の友達と一緒の学校を希望した。市教委の強い反対をおしのけて、やっと入学した。
 次の日、登校班の子たちと、親子で学校に行くと、子どもたちがワーッと寄ってきた。「この子新聞にのってた子だ」、「どうして歩けないの」。健ちゃんも母も半べそをかいて教室に行くと、そこまで追いかけてきてたいへんだった。とても辛い思いが、3日間続いた。

 しかし、4日目には、子どもたちが、車椅子を昇降口に持ってきてくれて、母の履き物まで並べてくれた。「健ちゃんおはよう」と、』口々に言う。その時、母は初めてわかったという。(写真は健ちゃんと母)
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 子どもたちはわからないからこそ、ストレートな言葉で訊くんだと。子どもたちは、大人には考えられないことをやってのける。子どもたちは、べたべたと甘やかすやさしさでなく、きびしさとやさしさ、何事も自然にすっとできるようなものをもっていると、母は感じたという。
 たくさんの子どもの、さまざまな関係が、そうした印象を与えたのだろう。

 スウェーデンの親たちにせよ、全国障害者問題研究会埼玉支部にせよ、すでに分けられてしまった関係の中からしか地域を見ることができない。
 分けられた関係から出て、地域に入ってゆくことをイメージすると、たいへんな条件整備がなければやれっこないし、やる意味がないと思ってしまうのだ。

 それにくらべて、小さいころから分け隔てられず一緒に育つことは、そんなにたいへんなことではない。本人と家族や関係者が、地域の他の人々とさまざまな関係を結びながら、地域にいる―それだけで、言葉や文字を介さず、たくさんのことが互いに伝えあえる。
 推進会議の「Nothing about us , Without us 」は、障害当事者とされる人だけのことでなく、本人のバックボーンを形づくる家族や関係者をひっくるめてであるべきだ。この関係者と呼ぶ人々の中には、ご近所、クラスメート、同僚なども含まれる。

 「Nothing about us , Without us 」を、「分け隔てられないこと」と、併せて取り組むことが、筆者の言いたいことだ。
 それは、学校、職場、地域で共にということにつながるが、次回は視点を変えて、介助のありようを考えてみたい。(つづく)

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