共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS JR武蔵野線 交通アクセス埼玉行動 U 縁は異なものなればこそ

<<   作成日時 : 2010/11/15 18:03   >>

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今回は、各地から点検の旅をしてきた諸グループの報告をお伝えする。そして、犬も歩けば棒に当たる。障害のある人と歩けばバリアに当たる。バリアに当たって、街を眺める……というお話を。

高崎線沿線のNPO法人あんとNPO法人ひこうせんから。

多機能トイレで、非常用の押しボタンが2ケ所に設置されているのを、武蔵浦和駅、北朝霞駅で確認した。
 駅の階段の段鼻を識別しやすくする黄色い線が、両端だけで中央にないため、弱視や視野狭窄の人がガイドヘルパーと上り下りする際、識別しにくいので、端だけでなく段の全体に黄色い線を入れてほしい。
 北朝霞駅のトイレは、施錠30分たつとドアが外から開けられるようになっており、用を足している場合困る。

埼京線日進駅から来たOMIYAばりあフリー研究会から。

日進駅が新たにバリアフリー化され、これまで車いす使用で通勤する際、朝電話しておき、業務用出入り口から出入りしていた自分としては、たいへん楽になった。
 ただ、乗降客22000人に対して、改札の数が少ない。市の管轄のエスカレーターは、非常ボタンでロックした時、解除できるカギを市が持っているため、即対応することが難しい。

東武東上線で来た上福岡障害者支援センター21から。
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 東武鉄道の人と一緒に上福岡駅を点検した。券売機は、車いす使用者にはタッチパネルが高すぎ、どこを押していいかわからない。トイレは広くなっていてオムツを換えるベッドもあった。北朝霞駅の点字ブロックは、色が付いてなかった。

京浜東北線川口駅から来たねこのて、ぺんぎん村などのグループ。

 川口駅はエレベーターができて、利用しやすくなった。南浦和駅は、対応式エスカレーターやエスカルで階段移動するため、改札口からホームまで皆が移動するのに30分かかった。また、その間エスカレーターが使えないため、高齢者等が不自由していた。

南越谷駅より来たわらじの会等からの報告。

 (北口閉鎖問題については前回報告したので略)
 駅員が車いす使用者全員を1ケ所のドアに集めて乗せようとする。ひと組の手動車いす使用者と介助者が別の車両に乗ったところ、駅員たちが動揺して降ろそうとした。
 慣れた介助者がいる場合、駅員や板がなくとも安全に乗り降りできるし、1ケ所でなく別々のドアから乗ったほうがスムースなのに。
 また、降りる駅の駅員の対応が間に合わないからと、一本後の電車に乗せられた。駅員の対応がなくてもいいのに、待たされて20分ぐらい遅くなった。

西武線所沢駅から池袋経由で来た所沢・誰もが使える交通システムにする会の報告。
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 トイレの緊急呼び出しボタンは、通常の位置のほか、下にも付けてほしいと要望してきたが、まだ付いてないところもあった。西武線は、待たされず、手際良く来た電車に乗せてくれた。
 多目的トイレがセンサー式で、手をかざしてドアを開閉する方式の場合、ズボンを下ろしかけていたときに介助者の肩がセンサーに感知され、ドアが開いてしまったという例がある。
 池袋駅の券売機は、蹴込みがあって車椅子が近寄りやすい型のものがあるが、タッチパネルが高くて見えにくい。工夫の余地がある。
 埼京線では、JRとして安全に配慮した結果と思うが、目の前に電車が来ても、全員がそろうまで乗せなかった。

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 犬も歩けば棒に当たる。障害のある人と歩けばバリアに当たる。バリアに当たって、街を眺める。
 
 公共交通を全体として見ると、ますます過密化してゆく地域ととどんどん過疎化してゆく地域が生じている。過疎化してゆく地域では、生活交通の確保が緊急課題で、バリアフリー化は二の次になりやすい。
 また、過密化してゆく地域の中でも、バリアフリー化はまだら状に行われている。
 一方でバリアフリー化が進んでいると、まだあまり進んでいない場所はこれまで以上にバリアが甚だしく感じられるようになる。

 バリアフリー化によって、たしかに利用しやすくはなった。しかし、同時に、人が分けられ、互いに視えなくなりつつあることを、あらためて実感する。

 でも、そんなすれちがいも含めて、今日一日の旅、いろんな道連れができた。通りがかりの縁ができた。ぶつかり合いの縁、すれちがいの縁も含めて。縁は異なもの、味なもの。とても大事なこと。


 終了後、参加していたJR、東武、西武の担当者と、それぞれ話をした。

 バリアフリー化が進んできたために、かっての鉄道職員たちがもっていた技術が失われ、障害のある乗客の移動に関し、一律に機械に依存し、また機械的な形で安全確保を期待するかたちになっているのではないかということ。

 もしも、災害で停電したら、車いす利用者を階段でかつがなくてはならないが、かってはいたるところに存在した人力による昇降や段差越えのノウハウが失われている今、実は危険と隣り合わせになっているのではないかと。
 ついこの間まで、浦和駅では電動車いす使用者をかつぐための補助具として鉄棒が使われていた。そのことを、いまの人たちは知らなかった。

 防災避難訓練を交通事業者が行う際に、人力による安全な階段昇降の技術や、乗客に手伝いを求める要領などを、ぜひ学んでほしい、声をかけてくれれば喜んで協力させていただくからと伝えたら、これからもよろしくと返ってきた。避難訓練をきっかけにして、さらに日常業務でも自信を持って、融通を利かせた対応ができるようになれればと思う。


 帰りがけ、北朝霞駅。

 来た時と似た事態が。駅員4人くらいがホームの最後部にいて、入ってくる電車のいちばん後ろのドアは南越谷駅へ行く車椅子3名と介助者、その次のドアは武蔵浦和駅で降りる車椅子2名と介助者というぐあいに誘導していた。
 ところが入ってきた電車の最後部に、車椅子の乗客が乗っているのを見たので、これでは最後部がぎゅうづめになってしまうからと、筆者と橋本画伯(車椅子)は、後ろから3番目のドアから電車に乗り込んだ。

 すると、それを見た管理職らしき駅員が、他の3人に向かって「誰が(3番目のドアに)ご案内したんだ?!」と怒鳴っていた。こちらが自主的に判断して動いたのだから、駅員たちは答えようがない。
 気の毒なので、ホームに降りて、管理職に、先客がいて混んでいたから、こちらに乗ったのだと話す。管理職は、「(別のドアだと)降りる駅の駅員が対応できないので」と、あくまで降ろそうとしたが、「駅員の対応は要りませんから」と言うと、ようやく電車を発車させた。
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 しかし、その後で、南越谷駅にまた連絡したらしく、私たちのいるドアにも駅員が板をもって待っていたため、気の毒だからその板を利用した。

 安全なサービスをめざす一生懸命さはよくわかるが、車椅子単独の乗降や外出に不慣れな介助者と一緒の車椅子の高齢者などの場合と、筆者と橋本画伯のペアのように「駅員の対応は要らない」と言っている場合の対応は、ちがってしかるべきだろう。
 といっても、駅員さんたちが、段差や階段での介助のしかたを知らない以上、何が危険で何が安全かをわかれといっても無理なのだが。

  バリアフリーの本質は、フリーにあるのではなく、バリアにこそある。自分と他者がちがう世界にいるという感覚がバリア。感じたところから、ぶつかりあい、すれちがいが始まる。それが、出会い。フリーな瞬間が生まれる。

 でも、フリーは、ただちに硬直してゆく。フリーな感覚自体、麻痺させられてゆく。新たにバリアが実感されるまで、閉ざされてゆく。

縁は異なものなればこそ、味なものともなりうる。
 永遠のフリーなどない。くりかえし、旅して、ぶつかり合い、すれ違う中に、フリーが生まれる。
 


「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」

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