共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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<<   作成日時 : 2010/11/14 18:29   >>

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 昨日11月13日(土)、交通アクセス埼玉行動2010が開催された。誰もが共に生きる街づくりを支える交通アクセスを求める小さな旅。1991年から、毎年1回、今回で20回目。今年は、JR武蔵野線の総点検を行った。県内各地の集合場所から、武蔵野線をめざして公共交通を乗り継ぎ、北朝霞駅をめざし、同駅に近い朝霞市産業文化センターで報告集会。(トップの写真は、武蔵野線の下り電車内。かって3輪の手動チェーン式車イスと電車を駆使し、県東部地区のいたるところで旋風を巻き起こした聾唖・弱視・下肢まひの橋本克己画伯。現在ほぼ視力ゼロになり、外出は常に介助が必要。方向感覚がマヒしてしまうクルマの移動よりも、加速度と風と匂いで風景が読み取れる電車やバスの移動が大好き。)

 筆者は画伯とともに、南越谷駅集合のグループに参加した。さすがに車椅子メンバーが多いと目立つ。「こんにちは!」通りがかりの青年が立ち寄る。昨年、職場参加ビューロー世一緒で活動していたYくんだ。今は高齢者の施設で調理補助として働いている。今日は、前に通っていた職業訓練校の文化祭に出かけるところだという。こんな風に南越谷駅前にいると、何年も会っていない人にめぐりあえることが多い。乗り換え駅は、さまざまな人生が交差する。その場で記念写真(下)。
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 定刻の10時になった。地元南越谷で、JRの駅改造計画で北口が閉鎖されることに対し、地元商店街が打撃を受けるとして反対している盛岡さん(下の写真でマイクを持っている人)と渡辺さんにお話を聞く。
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 この改造計画は、現在上り線にしか設置されていないエレベーターを下り線にも付けたり、北口にある段差を解消したり、使いやすいトイレを設置するなどのバリアフリー化が大きな焦点。あわせて、現在離れている駅務室と改札を近接させるといった、JR側の体制整備も含まれる。
 しかし、そのために北口は閉鎖し、改札を80メートル上り方面に移動させ、それに伴い交番も移動させるというので、北口周辺商店街は切り捨てだと危機感を強くしている。
 盛岡さんは、北口の2段の段差は道路を上げれば解消されるなどと、対案を示しつつ、JRに働きかけている。

 同駅のバリアフリー化を求めている「だれもがくらしやすいまちづくり実行委員会」の事務局長・西陰さん(下の写真でマイクを持っている人)からもお話を聞いた。越谷を中心とするさまざまな障害当事者が参加している同実行委員会でもJRにあれこれ提案をしているが、JRの対応はかなり硬いという。また、地元越谷市は、北口の閉鎖については受け入れつつも、北口と西口を結ぶ通路を拡幅するなどにより、少しでも現在の環境が維持されるように対応しようとしているとか。
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 渡辺さん(下の写真でマイクを持っている人)は、JRが頑として計画変更をしない場合、妥協案として、市が行う通路の拡幅を倍の広さにしてほしいこと、交番が移転しても現在地に立番してもらいたいことなども、考えていると話していた。
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 私たちがバリアフリー化を求めてきたのは、あくまでも、障害のあるなしにかかわらず、さまざまな人々が共に学び・働き・暮らし合えるための環境整備としてである。
 バリアフリーを絶対化して、人々を分けてゆくような風潮は、本末転倒だ。

 街づくりでは、この例に限らず、立場のちがいが顕在化してくる。それをつきあわせ、互いの折り合いを一緒に考えてゆくことこそ、これからのバリアフリーに問われている。
 街に出て、バリアに出会い、人に出会う。横道に入り、迷いながら、街を発見する。旅は道連れ、世は情け。街に旅するから道連れができる、世は情けと実感できる出会いがやってくる。実は、数ケ月前、ここの居酒屋で、西陰さんと盛岡さんと飲んだ。80代の盛岡さんの人生をお聞きした。バリアが縁を結ぶ。

 下の写真は、南越谷駅北口前の居酒屋街で話を聞く私たち。
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 いつも通る南越谷の街、私たちの知らなかったもう一つの街を知った。
 その後、みんなで武蔵野線へ。
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 そして、北朝霞駅で下車。駅前で分かれて食事をとり、三々五々、報告集会が予定されている朝霞市産業文化センターへ。
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 13時より報告集会。
 まず、交通アクセス埼玉実行委員会代表の一木さんからの基調報告。
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 かっていのちがけで、駅の階段を移動した時代があった。低床バスが導入された当時も、手間取っていると、乗客から怒声を浴びせられたこともあった。
 このアクセス行動のスローガンも、昔は「乗せろ!」という要求から始まり、その後「分けないで」に変わり、今は「一緒にいることから始めよう」とか「感じよう」といった呼びかけ型に変わってきた。バリアフリー化は声を挙げなくともかなり進む時代になってはきたが、それで終わりではない。
 設備がよくなっても、他の乗客がかえって無関心になったり、「車イスはこちらですよ」といった変なふりわけが進んでは困る。
 みんなが自分の行きたいところに一緒に行ける社会をつくれるよう考えてゆきたい。今日来ている若い世代の人たちにバトンタッチしながら、まだまだ運動を続けたい。
 

 次に、毎年参加していただいているDPI日本会議交通問題担当の今福さん。
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 2000年に交通バリアフリー法ができてから10年になる。この法律が画期的だったのは、10年間の目標を定めたことと、市町村が基本構想を策定できるようにしたこと。
 1日の乗降客5000人以上の駅3000ケ所の段差解消という目標は、まだ2500達成したのみ。
 バリアフリー新法ができ、いま国は1日乗降客3000人の駅のバリアフリー化を考えているところだ。基本構想を策定した市町村は、まだ少ない。私たちが、事業者、行政と一体となって、基本構想を創ってゆくべきだ。
 国は交通基本法を来年の国会に出す予定。私たちにとって、その焦点は移動権。この10年のバリアフリー化の中で、団体での移動では起こらないが、一人での移動の際に、乗車拒否・利用拒否が絶えない。そういうことをなくしてゆきたい。
 移動も、利用も、社会参加のためだ。社会に出てゆきたいという思いを実現してゆくため、すべてのものをバリアフリー化してゆこう。


 この後、参加して下さった交通事業者、行政の担当者からの挨拶。西武鉄道運輸部・大橋さん、東武鉄道営業企画部・小林さん、JR東日本大宮支社総務部サービス品質改革室・井上さん、さいたま市都市交通課・島村さん。いずれも、一緒に考えてゆきたいと表明。(つづく)

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はじめまして
とても簡単ではありますが、twitterで紹介させていただきましたので、報告いたします
http://bit.ly/8ZUh6K
ido_ken
2010/11/15 23:40

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