共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 「共に」と「支援」の関係を探る  たこの木クラブとの出会い―1

<<   作成日時 : 2010/07/24 17:49   >>

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 すんでのところで施設入所を免れ、たこの木の事務所に寝泊まりするようになったTさん。「Tくん、ここから毎日昼間通うんだよ」と岩橋さんがほっとして語りかけたら、「これって罰なの?」という言葉が返ってきたという。お母さんが施設へ入れようと思ったのは、彼に思い切り噛まれた時だった。岩橋さんにとっては、Tさんの自立生活のスタートとみなしうる状況が、本人には「罰」として受け止められる。「自立生活が罰から始まるなんていうのはすごく辛いという思いから入りました。」と、岩橋さん。とはいえ、事務所には毎日毎日いろいろな人が出入りするので、Tさんは楽しくなり、そのうち「罰」とは言わなくなる。しかし、3ケ月もそんな生活が続くと、さすがの彼も消耗し、会議中にとつぜん「ぼくは一人の部屋がほしい」と言いだし、「おーそうか、じゃ探そうぜ」ということから、一人ぐらしが始まる。

 さる6月12日(土)、ケアシステムわら細工の総会に先立って、東京都多摩市のたこの木クラブから、代表の岩橋さん、そしてTさん、Aさん、横田さん、三井さんに来ていただき、講演会を開いた(写真)。たこの木クラブは、地域で共に学ぶ活動に関わりながら、大人の知的障害者の生活も共に切り拓いているという点で、埼玉の取り組みとも重なるところが多いので、前から注目している。

 Aさんは、ご両親と暮らしている。私も一人暮らししたいと言ったら、「自立生活したいの?どんな生活したいの?どこに住みたいの?結の会(現在行っている作業所)、通うにはどうすればいいの?送れるお金、そうないよ、どうする、どうする、生活費はどうするの?」と周りに聞かれてそのうち答えられなくなってしまう。そうすると「時期尚早ではないか」、「準備がないままにするなんて」ということになる。岩橋さんは、「彼らの意志をって聞いていったら、確実に自立生活なんて出来ない。 」と語る。Tさんが、以前講演に行った時に「お母さんいずれいなくなるから」ということをボソッと言ったという。はじめは、「罰なの?」という意識だった彼だが、生活していく中で彼は実感を持ったんだと、岩橋さんは考える。「そういう実感持っていないから、始める・始められないではなくて、実感持てるように始めていこうよという風に、私たちは声をかけて今日までやってきました。」と言う。

 こういう話は、実によくわかる。共感できる。そして、つぎの岩橋さんの言葉も、わかる部分があるのだが、しかし、気になるところもある。
 「私たちは意識して自立生活をしているのではない。いろいろな環境―大学に受かったとか就職が決まったとか、彼氏彼女が出来たというそんな感じで家から距離をとっていく。でも、知的当事者たちを見ているとその距離がとれない、親が距離を取ろうにも取る先の距離を親が作らなければならない。そういう状況の中で、子育てっていうのが一生続いていっちゃう。それに対してやっぱりそうではなくて子育ては期限を切ろうよ、私たちは自分が距離を取って子育てしていないよねって。知的の当事者たちは言えないぶん、親の側から期限を切っていく。逆に私たちはその期限に向かってその先を準備するからという言い方をしています。」
 「重度身体のILプログラムなんか見ていると、そこから学んでいけるものがあるんだけれども、知的の人は重度になればなるほど関係性を長年かけて作っていかないといけない。ある1つのプログラムを受けたから何とかなるというものではなくて、本人を理解してくれる、本人とつき合ってもいいという人―それはヘルパーだったり隣近所だったりというだけではなく、たとえば近くのコンビニのおばさんだったり、駅の駅員さんだったり、いろんな人がいる中で暮らしていこうと思えば、あとはそれをどうつなげていこうかというのは本人の問題ではなくて、支援の側の問題なのかなぁっていう風に思います。」

 ここで語られているのは、まさに岩橋さんの覚悟である。そして、「私たち」、「支援の側」とは、そうした覚悟を共有し、親も含めて本人とつきあう人々を、試行錯誤しながらつなげてゆく人々のことを指している。ついでながら、この「覚悟」という表現は、岩橋さんが書かれた本に載っている(寺本晃久、末永弘、岡部耕典、岩橋誠治著「良い支援?―知的障害/自閉の人たちの自立生活と支援」。生活書院)

 こうした覚悟の存在は大切だし、私も時にこうした思いを抱くことはある。しかし、それはどこから来るのか。私には、それは理屈ではなく、出会ってしまい、日々関わり合ってしまったという状況のなせるわざであると思える。事実、岩橋さんが関わった人々の自立生活の多くは、親が本人を施設か病院に入れるというせっぱつまった状況の中できりひらかれている。これまでのつきあいをあきらめるのか、続けるのか、続けるとすれば住まいは?介助は?食べることは?昼間の活動は?自分は関われるか?無理か?多くの人々が問われる。「覚悟」の人もその人々の一部として存在することは大切だが、それが関係のすべてではない。あっけらかんとした第三者や足を引っ張る人々がそこに同時にいてこそ、「覚悟」にも幅や奥行きが備わるのだと思う。だが、それらは「覚悟」の解体要因ともなりうる。

 岩橋さんは、「関わっていく中でみつけた課題を、どこの団体に担ってもらおうかとか、それができなければ自分たちで作ってしまおうとか、自分たちで抱え込むのでなくて、外へ、外へ株分けしてゆくことをしてきました。そうやって活動してきたので、たこの木クラブは何人くらいいますかって訊かれると、実は私と今日来ているスタッフの横田と、もう一人会計をやっているスタッフの3人しかいなくて、あとは来たり来なかったりで、必要な時に来るかんじで活動しています。」と語る。外へ株分けし、新たな関係をもつことにより、「覚悟」も解体の危機をこえ再確立される。樹木型、ピラミッド型ではない、たこの木クラブの組織論が述べられている。

 「地域と障害」でふれたわらじの会の組織も、これに近い。ただ、外への株分けではなく、細胞分裂したもの同士が一緒にやり、その外も一緒にという、矛盾に満ちた分権型組織を、わらじの会としている。岩橋さんの語るような「覚悟」の人は、この中にいるのか、いないのか?ごちゃごちゃと一緒にいる中では、覚悟もさまざまであり、ごちゃごちゃいること自体が「覚悟」のかたちであるような気がする。

 「いろんな人がいる中で暮らしていこうと思えば、あとはそれをどうつなげていこうかというのは本人の問題ではなくて、支援の側の問題なのかなぁ」というのは、本人に適応を強いる健全者社会への問いかけとして、たしかにそう思う。ただ、どこか足りないような気もする。自立生活がどうこうといったことにかかわらず、さまざまな人々がぶつかり合いながら生きることに関してである。
 今回、たこの木からは5人が来てくれた。岩橋さんが主に行った講演だけでなく、会場のあちこちで、対話、質疑応答が同時進行した。Tさんは、禅問答で対話をする、基本的には彼が「公案」を投げかけてくる。Aさんは、沈黙をもって語り、またある時雪解け水のように語る。彼らの投げかけによって、悩んだり、混乱させられながら、私たちは健全者社会の構造をふりかえる。
 同じことが、課題によって株分けされた「外」においても、日常的に行われているはずだ。それが日常であれば、答えを探るプロセスは、「支援者の側」だけの課題ではなく、「本人の側」もひっくるめて、ああだこうだと迷いながらやっていくしかないのではないか。
 実際にはやっていることなのだと思うが、「言葉」に表現されたときに、そこが気になった。






 

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