共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 末期がんの猫・てん 黄色い部屋の猫たち

<<   作成日時 : 2010/03/12 08:59   >>

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 当ブログの編集室であり、埼玉障害者市民ネットワーク(野島久美子代表)→http://www16.plala.or.jp/shougaishasimin/index.htmlの事務所であり、夜は月刊わらじ編集部→http://warajinokai.at.infoseek.co.jp/warajitop/warajitop.htmの拠点にもなる黄色い部屋。その黄色い部屋の「専従」を務めてきた猫が、8日のお昼過ぎ、この世に別れを告げた。
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 一時期は(社)埼玉障害者自立生活協会(坂本さとし理事長)→http://www.sail.or.jp/の事務所でもあり(その当時は八木下浩一理事長)、さらに時代をさかのぼればわらじの会の障害当事者運動の始まりであった自立に向かってはばたく家準備会(押田恵子代表)の活動の場であった谷中耳鼻科黄色い部屋。
→黄色い部屋の沿革については以下を参照http://members.at.infoseek.co.jp/TOKOnews/youkosokiiroiheyae.htm
下の写真は家出をしてこの黄色い部屋で一人暮らしの準備を始めた野島久美子さん(埼玉障害者市民ネットワーク現代表)→http://members.at.infoseek.co.jp/nkumiko/
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 そうした歴史を担ってきた黄色い部屋の専従の座は、この10数年、徐々に猫達にバトンタッチされてきた。われわれかっての専従が、多岐にわたる動きをしなくてはならなくなり、常時ここにいるのではなく、出たり入ったりする日常となったからだ。黄色い部屋の猫の歴史は1994年から。猫達はいずれも元野良であり、決して動物愛護の精神に満ちてなどいないわれわれの厳しい仕打ちにめげず、居座った剛の者ぞろい。一時は10匹に及び、1997年ごろには、さながら猫の梁山泊の様相を呈したこともある。→http://warajinokai.at.infoseek.co.jp/warajitop/2008/2008_01.htm
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 しかし、耳鼻科の前は、車の往来が激しく、かつ見通しの悪い道路であり、半数近くが交通事故で亡くなっている。→http://warajinokai.at.infoseek.co.jp/warajitop/2004/2004_03.htm
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 そのほか、野良時代からの病気で亡くなったものたちもある。
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 再び旅に出て還らなかったものたちもある。1年後に還ってきて、専従に復帰したものもいる。
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 こうして残った専従コンビの片方が、昨年の晩秋に顔面のがんになった。名前はてん。黄色い部屋専従猫のNO.10という意味だ。猫のがんは珍しいと動物クリニックで言われた。扁平上皮がん。増殖が速い。暮れと正月に2回手術で取る。そのたびに、傷跡に残った皮膚をひっぱってかぶせるが、もう限界。また、全部は取りきれない。
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 二度目の手術を終えて、今年正月の松が明けた日に黄色い部屋へ戻ったてん。右目は最初の手術で取り、二度目でさらにその傷跡と周辺をえぐった。意気消沈している。(つづく→http://yellow-room.at.webry.info/201003/article_4.html
 

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