共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 人々と共に生き 人々の中で逝った静佳さん

<<   作成日時 : 2010/02/12 00:33   >>

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 橋爪静佳さん(写真)逝く。39歳で。2月4日の夜明け前。生活ホーム・オエヴィスで。主治医の大西さんはこの夜、泊まりこみまでして下さった。母・静枝さんも一緒に、最後はみんなの中での緩和ケア。その間の、常識を裏切る彼女の生命力。息が細くなりお別れと思うと、また復活。ふだんてんかん発作をくりかえしてきたことが、低酸素状態を生き抜く高地トレーニングになっていたのか?大量にたまっていた腹水も、すべて栄養として吸収してしまった。驚きの連続のみんなに、静佳さんは、してやったりと笑っているに違いない。いたずらこそが、彼女の問題提起であり、異議申し立ての手段であり、介助者の教育法だったのだ。目の前の物をポトンと落とす。議論や作業に没頭している人々が一瞬止まる。だめだよと怒られることがうれしい。静佳参上!と笑い転げる。「真夏の夜の夢」のパックのように。この流儀をひっさげて、カナダでのピープルファースト国際会議にも出かけて行った。告別式の7日―高らかな笑い声をはらんだような強い風が吹き抜けた。(月刊わらじ2010年2月号表紙より)



100人をこす縁ある人の中で生きた1週間 生活ホーム・オエヴィスで
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 ここは越谷市と春日部市、さいたま市の境の地・恩間新田。この田んぼの村に住んできた人々ととすぐ近くのニュータウン・武里団地に移住してきた人々との30数年前(1970年代末)の出会いが、わらじの会の結成につながった縁なのです。
 左の写真に映っている左側の二階建ては、一階が、通所授産施設・くらしセンターべしみ。二階が生活ホーム・もんてん。右側の平屋が最初につくった生活ホーム・オエヴィスです。

 そして、右の写真が生活ホーム・オエヴィス。縁先にいるのは、入居者最長老の新井豊さん(67歳)です。

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 左は2010年1月30日(土)の生活ホーム・オエヴィスの食堂。夜になっても、おおぜいの人たちが、訪れています。





 入居者の橋爪静佳さんが、末期がんで、生活ホーム・オエヴィスを、緩和ケアの場とすることになったからです。
母・静枝さん(左下写真の右端。左端は世話人の内藤さん)も一緒に泊まっています。療養の当初は、生活ホームから自宅に帰りました。でも、だんだん介助がたいへんになってから、お母さんは、これまで自宅に介助者を入れた経験が少ないので、いっそのこと自分がついて生活ホームに戻ろうと決心しました。くらしセンター・べしみ嘱託医の大西さんの往診と、訪問看護ステーションふじからのサポートが、心強いです。

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右上写真は、「戦友」加藤弘昭さんが、オエヴィスの静佳さんを見舞いに来たところです。弘昭さんは、全身性の障害と強度の弱視があり、言葉はほとんどしゃべれません。二人とも、この生活ホーム・オエヴィスができた頃、それぞれ別の養護学校を卒業し、わらじの会の在宅の全身性障害者たちの自主活動である「自立に向かってはばたく家準備会」の周辺で、「ニューコアラグループ」として活動し始めました。「コアラグループ」というのは、やはり在宅の主として知的障害をもつ人たちが、互いの家や入院先などを訪ねあうことをメインの活動として、はばたく家の周辺で活動していました。「ニューコアラグループ」は、その「コアラグループ」の周辺で、重なりながら活動していたのです。
























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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
今回の月刊わらじの表紙の写真、このブログの最初にもありますが、とってもいい写真ですね。
素敵な表情の静佳さんですね。
ちゅうこ
2010/02/12 12:33

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