共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

アクセスカウンタ

zoom RSS バーチャルな旅だったのか?「子供の育ちとインターネット」ワークショップ終わる

<<   作成日時 : 2009/11/16 01:34   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

F氏を待ちながら……ゲームなのか・現実なのか?

画像 サミュエル・ベケット作の演劇「ゴドーを待ちながら」では、「ゴドー」と
いう人物は、幕が下りるまで現れないで終わります。

 今日開催された「ワークショップ&トークイン・子供の育ちとインターネ
ット」では、第1部のゲームの担当者であるF氏が30分過ぎても現れず、
急遽第2部のトークを繰り上げて行いましたが、終了時間になってもつ
いに現れないまま、ゲームは行われないままにトークだけで終わりまし
た。もちろん何度となく、連絡を取ったのですが、交信できないまま。

 主催者の一人としても、とても不思議です。こうした状況自体が、ゲー
ムだったのかもしれないと今は思います。

 そんな「不条理空間」で行われたトークの一部をお伝えします。コーディネ
ーターは、長年児童相談所ケースワーカーとして働き、いまも嘱託で働か
れておられる門平公夫さんです。参加者は、最低年齢が18歳で、「子ども」
は参加してくれませんでしたが、比較的子どもに近い人が多かったと思いま
す。

A:一人暮らし。携帯もネットも使ったことはないです。作業所でパンを作って
 います。

B:かって出会い系サイトにアクセスし金をぼられたことがあります。ネット
 では時々ガセネタをつかまされることもあるので、本も読んで情報を修正
 するようにしています。自分は中途障害ですが、人と話していて、時々自
 分の話が通じていないんじゃないかと不安になることが多くあります。そ
 れで、電話も苦手になりました。メールの方が安心できます。

C:ネットで商品を探しますが、連絡先に電話して売っている店を聞いて買う
 ようにしているので、ネットショッピングというより、新聞折込広告と同じで
 す。

D:携帯電話を去年から持ちましたが、家族以外ほとんど使いません。情報
 は新聞と古本から入手します。

E:ハワイ大学に留学した時、携帯を持ちました。向こうの人は、電話として
 使いますが、メールはしません。その後も、私が親に連絡をしないので、
 携帯を持てと言われ、持っていますが、メールは苦手です。

F:携帯は親との連絡と、昼間会った友達に思いついたことをメールすると
 いった感じです。ネットは何かを調べるために使います。ここに来るのも
 ネットで調べてきました。ゲームは小学生からやっていますが、女の子
 は男の子よりゲームをする人が少なく、大学生になってからはゲーム好き
 の友達は数人しかいません。時間があくとゲームをやっています。

G:携帯はまだ誰も持ってなかった頃からです。ネットはパソコン通信の時代
 からです。携帯は通話よりメールです。ネットは、買物、集客、自分のホーム
 ページなど。ツールとして用いています。ネットショッピングでだまされたこと
 もありますが、経験を積み重ねて、あやしいサイトのにおいをかぎ分けられる
 ようになりました。自分の障害のことについて、直接他人に話すのはどう話し
 ていいかわからなかったんですが、ネットを通して発信することによって、自
 分自身を見つめなおすことができている気がします。

H:ネットは仕事で社内及び海外との連絡に用いています。使えないとクビで
 す。隣の席にいる人からメールが来たりします。携帯も初めは会社から持た
 され、いまは会社と自分と二つ持っています。ただメールだと、コミュニケー
 ションに限界があると感じます。メールでの交信をどこでやめて、実際に
 会って話そうか、いつも迷います。

I:携帯は初めは興味がなかったけど、去年父が脳梗塞で倒れ、ヘルパーさん
 と常にやりとりしなくてはならなくなって、イヤイヤやり始めました。今は父も
 元気になりたまに使う程度。ネットは将棋好きの集まるサイトで遊んでいます。

J:携帯は主に家族との連絡に使っています。

K:昨夜、中学の同窓会があり、今朝4時まで呑んでいました。みんな赤外線
 でアドレス交換をしていました。ネットで懸賞に応募したり、アンケートに答え
 たりしていたら、迷惑メールが来るようになって困った経験があります。

L:5年ぐらい前から携帯を持っています。最近、いろんな機能を使うようになり
 ました。

M:携帯もネットも、娘がやりたいというので、私が先に使ってみるようになり
 ました。中学までは携帯も持たせませんでしたが、離れた土地へ通学する
 ようになってから携帯をもたせました。

N:私自身は携帯を持っていますが、必要最小限の連絡に使うだけです。初
 めは単なるツールだったものが、いろんな機能が加わって、世界と交信する
 手段になっているのですね。その世界には裏サイトもあり、いじめや殺人な
 どにもつながるものがあると。大田区の中学2年生へのアンケートでは、ネット
 やゲームがなくなったらどうする?という質問には「日本じゃなくなる」、「生き
 ていけない」といった回答が多かった半面で、小学生に携帯を持たせていい 
 かという質問には「よくない」という答が大半だったんです。ほんとは中学生
 たちも携帯やネットがない世界へ行きたいのかなあと思いました。

O:阪神大震災の時、人と人の直接的な関係をベースに介助組織を作っていた
 重度障害者たちが、孤立した高齢者に支援を提供できたということと、電話・
 郵便がストップした状況で、ネットを介して全国へ情報を発信できたということ
 が印象的でした。ゲームに依存して社会生活から孤立するといったことが問
 題にされたりしますが、自分自身の深部に入っていってそこから世界へという
 修行という面もあるのではないでしょうか。ただ、その世界を他人が共有する
 場がないので、できればこういうところで一緒に交わってみたいと思います。

P:携帯は持っていません。ゲームは好きです。PSPをやっています。仕事が休
 みの日は、家でずっとゲームをやっています。


 今日のテキストである「子どもたちは、いま」(社団法人埼玉障害者自立生活
協会編)より、門平公夫さんの文章の一節……

 「今子どもたちは、相談所で見ていると、自分への
評価が低かったり、孤独でさびしいのに、それを言わない。自分の弱さは出そう
としない。あまり人には期待しない。本当はすごく人を求めているのに、人間不
信のような状態に置かれています。

 もともと子どもというのは、自分で自分をうまく守れない。それだけに、今の情
報化社会の中で、携帯やパソコンで、親とか家庭という器を通さないで、直接
子どもが外の世界とやり取りができてしまう。するともう大人の目が行き届かな
い世界に子どもは飛び立ち、浮遊してしまっていると言ってもいいのではないで
しょうか。
 危ないことですが、これからどんどん加速されていくと思います。
 でも子どもたちは、本当は大人との、人間とのかかわりをものすごく求めて
いるのです。

 また、子どもたちは、悩んでいるようには見えないんですけれども、成長すると
いうことは、ある意味では悩むということなので、成長する=ひとつひとつの課
題をクリアしていくプロセスの中で、子どもたちはけっこう悩んだり不安に落ち込
んだりしているんです。」
 

この末尾の言葉は、まさにゲームをしている子どもや若者の内面にも通じるよう
に響いてきます。そのことを表現しようとしたのが「新世紀エヴァンゲリオン」だっ
たのではないでしょうか。

 それにしても、ついにF氏は会場に姿を現しませんでした。半月ほど前の実行
委員会ではF氏の構想によるゲームの概要が発表されていました。あとは、多少
道具を用意すればよい段階にまでできあがっていました。
 幻影の空間を浮遊している子どもと大人……F氏は今日のイベントそのものを
アートとして設計したのでしょうか。






 


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
バーチャルな旅だったのか?「子供の育ちとインターネット」ワークショップ終わる 共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる